アメリカン・ポップアイコン 6・26同時多発死去(日本時間)

 2009年6月26日早朝。午前6時14分(日本時間)、かねてよりガンとの闘病中であった女優のファラ・フォーセットが「25日午前中、亡くなった」との報道が、日本のワイドショーを賑わしていた。徹夜でミュージック・クリップの編集をしていた僕は、その訃報を受け、ひとつの時代の幕切れを感じていた。ファラ・フォーセットといえば70年代、『チャーリーズ・エンジェル』の初代ジル役で一世を風靡し、セックスシンボルに上り詰めたポップアイコンである。当時、『チャーリーズ・エンジェル』の原題は、チャールズ・マンソン率いるカルト集団"ファミリー"をもじったものであるとの逸話を真に受けていた僕は、大人になってからもCSの"ファミリー劇場"での再放送にフェティッシュな意味を勝手に見いだし、オンエアーを待ちこがれていた。06年、そんな彼女が肛門ガンで闘病中であると聞いた時には、大きなショックを受けた。70年代のセックスシンボルが肛門ガン......大変感慨深い倒錯的な字ヅラではないか!!!! そして、突然届いた訃報!!!! しかも、腐れた縁を引きずったライアン・オニールから(たぶん財産目当ての)求婚を受けた3日後、末期ガンのためサンタモニカの病院で亡くなったという。享年62歳。僕は、この報道に戦慄を覚えた!!!! しかるに、わなないたのは、ファラの死に対してではない。手の施しようのない末期ガンで、生死の狭間を彷徨うファラに、いけしゃあしゃあと求婚していたライアンのプロポーズが美談となって報道されていたことに対してだ!!!! 息子にドラッグを教え、DVを繰り返し、にもかかわらず病床のファラを介護するフリをしながら、プチ・チャーリーズ・エンジェルを実践するかのごとく、自宅に複数の若い女を連れ込んでいたライアン・オニール。彼のその真っ黒い腹の中に隠し持ったイチモツを察することなく、美談となっている2人の関係。即座にチャンネルをザッピングしてみた。案に違わずどのチャンネルも『チャーリーズ・エンジェル』で活躍する往年のファラの映像をバックに、ライアンとの美談とセットで、故人の冥福を祈っている。朝日の差し込むリビングルームの液晶モニターに不意に大写しにされた、銃を持ったファラの色褪せた映像。去り行く70年代ポップアイコンへの蒼い想い出をたぐり寄せながら、僕は深い郷愁と落胆を覚えていた。

 そしてこの日、その訃報に地続きでオーバーラップさせながら、もうひとつの衝撃的なニュースがリアルタイムで飛び込んでくることとなる。6月26日早朝。午前6時数十分(日本時間)。

「緊急ニュースです! 歌手のマイケル・ジャクソンさんが自宅で心肺停止状態になり、25日、UCLAの大学病院に緊急搬送されました。一部メディアではすでに死亡が確認されたと報道されています」

 ええええええっっっっーーーーー!!!! ま、ま、ま、まじっすかぁぁぁーーーっっっっ!!!!  徹夜明けのナチュラル・ハイな脳に、訃報の急襲、死亡報道の重ね塗りは、かつて味わったことのないバッドトリップを誘発した。う、う、うそでしょーっっっっ!!!!

 しかし公式な発表はまだなされていない。あたかもドタマを鈍器でドツカれたようなダメージを受けた、僕の脳内に、エンドルフィンがドクッドクンと歪な音を立てて放出されている!!!! た、確かに聞こえるっっ!!!! 汁ダクの脳内モルヒネに溺れた僕は、頭の中で奇声を発していたっっ!!!! フオォォォォォーーーッ!!!! フオォォォォォォーーーッ!!!! 小刻みに震える人差し指の痙攣を押さえながら、死亡報道を覆すため、ひたむきな祈りを込めてインターネットでググってみた。

 検索ワードは"[マイケル][死亡]"。

 なんと、す、す、数十件が引っかかった!!!! しかもその内容はどれもこれもマイケルの死を報じるものではなく、彼がかつてパートナーとして連れ回していた愛猿「バブルスくん死亡説」についてであったっっ!!!! マ、マ、マ、マイケルではなく、バ、バ、バ、バブルスくんが死んだのDEATHかぁぁぁーー !!!! 内在性鎮痛系から吹き出し続ける脳内麻薬は、僕の思考回路を完全に麻痺させた。念のために今度は"[バブルスくん][死亡]"でググってみた。すると、なんとウィキペディアに[バブルス]の項目があるではないか!!!! 「バブルス(Bubbles)とは、長年にわたりマイケル・ジャクソンと一緒に生活したチンパンジーである。バブルス君の愛称で知られる」。

 そこには"1985年頃まで"にテキサス州で生まれてから、ネヴァーランドで生活し、しばらく表に出てこなかったため、死亡説が流れたバブルスくんの経歴が、細かく記されてあった。そう、バブルスくんはタダのチンパンジーではないのだ!!!! そして、ウィキペディアは最後にこう結んであった。「現在バブルスはカリフォルニアの牧場に住んでおり、牧場のマネージャであるボブ・ダンは『彼は20代であり、元気にやっている』と述べている」。バ、バ、バ、バブルスくんは生きているではないかぁぁぁーっっっ!!!! しかも元気にやってiLLLLLて   一体何を  とりあえずマイケルではなく、マイケルの飼っていたチンパンジーの生存を確認した僕は、今度は半信半疑で2ちゃんねるの数あるマイケル・スレを彷徨ってみることにした。どのスレも僕と同じく、日本での第一報を鵜呑みにできないマイケル信者が数人、"誤報"の2文字を求めてこの掃き溜めに辿り着き、ワイドショーでの報道の信憑性に中指を立てていた。そう、ここから数十分、すべてのマイケル・スレの住人がアメリカの情報ソースを暴こうと躍起になっていくのであった!!!! そこに突如、NY在住の日本人から書き込みがあった。「TMZ.comというアメリカの芸能情報サイトが死亡を報じていますよ〜」。早速、掲載されたURLに飛んでみる。そこには黒い縁取りこそなかったが、黒くて太いゴシックのフォントで『Michael Jackson Dies』の文字があり、日本のワイドショーで報道された内容とほぼ同意のテキストが掲載されていた。ただ、1点だけ違ったのが、マイケルの死を断定し、スーパースターの死を悼んでいた部分であった!!!!(実際はx17online.comによる報道のほうが早かったとの説もある) その後、このスクープを徐々に容認するかの如く、CNNやAP通信が正式に訃報を伝え始め、そして日本の民放も本家に呼応するように報じだし、僕らはようやく、掃き溜めの中でM.J.R.I.P.を唱え始めた......。享年50歳。早すぎる"キング・オブ・ポップ"の死である。ようやく目覚めた複数の友人からの驚愕したメールを、Outlook Expressは自動受信し続ける。「マイケルが死んだ......」ならば一体、死因は? 死因は? 死因は  衝撃の報道戦を目の当たりにし、ナチュラルに覚醒した僕は、不意に届いたこの"2つの死"を、無意識に"あの出来事"と重ね合わせていたことに気づいた。そう、あの出来事は8年前の9月11日に起こった......。

 アメリカン航空11便の突入を受け、爆発炎上するツインタワーの北棟、その光景を丸写しにするテレビ中継。続いてその報道中に時間差で南棟に突入するユナイテッド航空175便!!!! 一機目の衝突を臨時ニュースとして国際中継していたテレビカメラは、リアルタイムでこの未曾有の事件を捉え報道した。原因は? 思い返せば、あの時も情報が錯綜し、憶測の域を出ない情報がまことしやかに流れた。マイケルの死因しかりである。

TV文化とミュージック・ビズの新たなパラダイムを告げた死

 ともあれ、70年代を象徴するセックスシンボルの逝去と同日に、7億5000万枚のCDを売り、MTVおよびミュージック・クリップを発展させた80年代、いや、20世紀最高のエンターティナーであるマイケル・ジャクソンの死が奇しくも重なってしまった、この現実を僕らはどう捉えるべきなのか? 誤解を恐れずに言うと、これは、前記した9・11アメリカ同時多発テロ同様、今世紀へと持ち越しになって化膿していた世紀末が、6・26、20世紀の"アメリカン・ポップアイコン同時多発死去"という形で急襲し、ひとつの歴史の膿を出した。つまりアメリカで発展を遂げた古き良きエンタテインメント産業である、テレビ文化とミュージック・ビジネスの新たなパラダイムシフトを告げる決定的な出来事だったのではないか? iPodのシェアが年々拡大し、iTunesミュージックストアの隆盛、タワーレコードの倒産。さらにはノンパッケージのデータファイル配信が常体となり、パッケージ・ビジネスは衰退期へと突入し、MySpace上では個人のミュージックファイルが、メインストリームのアーティストと肩を並べて配信されている。そしてテレビ局は赤字を出し、ブロードバンド整備以降、ビデオ・オン・デマンドは隆盛を極め、You Tubeほかの動画共有サイトが爆発的に普及した(しかしどこも赤字だが)。加えてUSTREAM.TV以降、個人のベッドルームからのライブストリーミングが可能になった。無論、今に始まったことではない。90年代からその兆候はぼんやりと見えていた。

 だから、だからこそ、確かに世紀末は持ち越されていたのだと言えるのだ。1995年をインターネット元年とするならば、そこから14年、マスメディアは衰退の一途を辿り、グラスルーツメディアは勃興し続けている。もう第二のマイケル・ジャクソンは現れないだろう。そう、世紀の境界から逸れた地点で、今、エンタテインメントのパラダイムは新たな局面を迎えているのだ!!!! そして09年7月8日午前2時(日本時間)。7月7日午前10時(現地時間)。マイケル・ジャクソンの追悼式がインターネット上のMTV特設サイトでライブストリーミングされた。テレビ視聴をあわせて世界中で10億人が、その式典を同時体験し、モニターの前で"キング・オブ・ポップ"の死を悼んだ。
 
 遡って1969年7月21日。午前11時56分(日本時間)。午前2時56分(現地時間)。アポロが月面に歴史的な一歩を記した。世界中で7億2400万人が人類初の月面着陸を目撃し、テレビメディアが我々の夢の共有を実現させた。そういえば、こんなに沢山の人類がモニターを介して、地球規模で繋がったのは久しぶりの出来事だったのではないか? 次の人類の連帯は、マイケル・ジャクソンの亡霊が月面でムーンウォークを決める瞬間に違いない!!!! M.J.R.I. P!!!! フオォォォォォーーッ!!!!

うかわ・なおひろ
映像作家、VJ、文筆家、レーベル〈MOM/N/DAD PRO DUCTIONS〉オーナー、クラブ〈Mixrooffice〉オーナー、京都造形大学教授といった八面六臂の活動を展開中。そんな自らをメディアレイピストと称する。

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