そもそもは、タレントマネージメント、テレビ制作、劇場運営、イベント興行などを手がける総合エンターテインメント企業だったが、07年より持ち株会社制に移行し、 吉本興業グループの中心に位置する持ち株会社になる。
いまや連結売上高500億円を誇る「吉本興業」。折からのお笑いブームで、その勢いはさらに増しているのだろうと思いきや、未曾有の不況には敵わず、09年3月期は減収減益となった。だが、そんな経営状況とは別に、吉本にとって頭の痛い問題がある。中田カウスへの襲撃・脅迫事件を中心とした、吉本経営陣と創業家一族による経営権争い、いわゆる"お家騒動"が収束していないのだ。
ご存知の通り、最近もこの騒動に大きな動きがあった。
カウスは、今年1月9日に、何者かに金属バットで襲撃され、さらに翌日には吉本が運営する「なんばグランド花月」に、カウスを舞台に立たせないことを要求する脅迫電話がかかり、4月になると、カウスの自宅に「舞台に立てぬようにしてやる」といった内容の脅迫状が届いた。先頃、この脅迫状を送った犯人として取りざたされたのが、吉本所属の漫才コンビ「コメディNo・1」の前田五郎だった。
"前田犯人説"が報道されたのち、吉本のある幹部に話を聞くと「お騒がせして申し訳ない」と恐縮しながらも、「脅迫状の犯人と、カウスを金属バットで襲った人物は別」と断言。それと同時に、「所轄の大阪府警南署はそれらが同一犯と考えており、より悪質な襲撃事件の捜査が進んでいない。だから、6月末の株主総会前に事件を解決するように申し入れたんです」と、府警の捜査方針に不満を漏らしていた。
一方で、ある吉本の中堅芸人は「もし、前田さんが犯人だとしても、僕は責める気にはなれない。前田さんは生真面目だから、カウスの吉本内での横暴と、それを見逃す吉本上層部が許せなったんじゃないかな。義憤を感じて、やむにやまれず襲撃事件に便乗してやったんだと思います。多くの芸人が、前田さんに同情的ですよ」と言う。
吉本の芸人の間では、吉本上層部によるカウスの厚遇ぶりが目に余るため、不満が鬱積しているというのだ。
「カウスは実績も人望もないのに、先代の故・林裕章会長に取り入ったことで、西川きよしや桂三枝を差し置いて、吉本の特別顧問になり、経営に口を出したり、社員をあごで使ったりと、社内で大きな顔をするようになった。芸人仲間には、かわいがってもらっていた5代目山口組組長の名前をチラつかせて威圧してましたね」(吉本関係者)
裏社会にも顔が利き、ときに表に出せない汚れ仕事も請け負っていたというカウスは、吉本上層部にも手のつけられない鬼っ子だったのかもしれない。2年前にお家騒動報道で世間を騒がせたということで、吉本はカウスを特別顧問の職から解いているが、彼を優遇する状況は変わらなかった。
「どんな芸人も、売れなくなったら、吉本の劇場に少しでも多く出て稼ぎたいと思うものですが、中田カウス・ボタンは図抜けて多くの舞台に出ていた。1回のギャラもほかの出演者より高いという噂がありましたしね。出演順も、カウスはキャリアからいって、トリを取ることが多いんですが、自分たちより前におもしろい芸人が入っていると、その後には出たくないということで彼らの前にやってしまう。そんな好き放題にやっているのに、吉本の上層部は見て見ぬふりですからね。芸人たちも不満を持ちますよ」(前出・吉本関係者)
そんな中で起きたカウスへの襲撃事件と脅迫事件。だが、吉本上層部がいら立つほど捜査がなかなか進まない裏には、さらに複雑な事情があるようだ。
一部で報道された通り、07年にカウスは、吉本の中邨秀雄元会長を恐喝したという疑いで府警から数度にわたり事情聴取を受けている。この件はいまだ決着しておらず、当局にとっては、カウスは捜査対象でもあるわけだ。
「しかも、この恐喝疑惑は、中邨氏が被害届を出したため捜査が始まったことになっていますが、その裏では創業家一族に近い元暴力団幹部M氏が、カウスに不利な情報を府警のT警部補に流していた。このT警部補がくせ者で、常に創業家一族に有利な動きをしてきたんです」(在阪のマスコミ関係者)
M氏は、この恐喝疑惑が発生する前、当時副社長だった大崎洋現社長を呼び出して、創業家一族に"大政奉還"するよう脅迫まがいの要求を突きつけている。これが、一連のお家騒動の引き金だが、この際の脅迫行為が犯罪に当たると考えた大崎社長側が府警に相談しても、窓口になったT警部補は、被害届を出させなかったというのだ。
「T警部補にとっては、癒着しているM氏を容疑者にするわけにはいかなかったのでしょう」(前出・吉本関係者)
さらに、吉本関係者によると、このT警部補は、恐喝疑惑でカウスを聴取している際、カウスに対して「お前、ヤクザに狙われているぞ」「警察は何があってもほっておくから」などという暴言を吐いていたという。その後の今年1月に、カウス襲撃事件が実際に起こっているのだ。
「T警部補が創業家一族側、つまり吉本経営陣やカウスと敵対する勢力とツーカーであることは想像に難くない。それゆえ、吉本上層部は、カウス襲撃および脅迫事件の捜査からは、T警部補を外してくれるよう府警に依頼し、それを条件に捜査に協力をしているらしい」(前出・マスコミ関係者)
また、吉本側からの情報提供により、創業家一族側には、元兵庫県警の暴力団担当だったY氏がついていることが判明。そのY氏が顧問を務める会社の役員H氏は、創業家一族と昵懇で、07年の株主総会でも株主として参加して、経営陣を批判している。このHと前出のM氏が手を組み、今年の株主総会にも乗り込んでくるという噂もあり、吉本側は当局に対して、同総会までの事件解決を要望しているのだ。
また、吉本の大崎社長は、6月5日になって、脅迫事件に対する被害届を提出しているが、これは事件の捜査を進めない当局に対するカンフル剤的な意味合いがあるようだ。捜査の遅さと、事件の裏側に警察の元身内の存在が見え隠れすることとは無関係ではないだろう。お家騒動とカウス事件の闇は、想像以上に深い。
(本多 圭)