カレー事件も舞鶴事件も"駆け込み処理"!? 裁判員制度 開始直前に「危なさ」続々露呈

裁判員制度
「特定の職業や立場の人に偏らず,広く国民の皆さんに参加してもらう」(最高裁HP「裁判員制度Q&A」より)ことを目指して、今月21日からスタートする新しい制度。司法改革の目玉のひとつとされている。

 裁判員制度が21日より始まるが、現場をウォッチしてきた記者たちから見ると、まだ問題は山積しているという。大手紙司法担当キャップ(A)、民放司法デスク(B)、司法クラブ記者(C)に集まってもらい、緊急討議をしてもらった。

A いよいよ裁判員制度が始まるね。この日以降に起訴された事件が対象になるわけで、まさにカウントダウン状態だけど、一方で、制度導入を前に課題も噴出しているね。

B そうだね。改めて裁判員制度を押さえておくと、殺人や強盗致傷事件のように最高刑が死刑もしくは無期懲役の凶悪事件について、これまでなら裁判官3人が担当していたところに、有権者から選ばれた裁判員6人が加わって判決を出す仕組みに変わる。市民が参加するから、これまでのような警察や検察にベッタリの判決は期待できないだろうというので、警察当局が、制度開始前に駆け込み逮捕に踏み切るケースも出てきた。

C 京都府舞鶴市の高1少女殺害事件のことだね。中勝美容疑者に対し、京都府警は逮捕前からたびたび家宅捜索し、それでも決定的な物証がないのに、4月中の逮捕に踏み切った。5月に始まる裁判員制度の対象事件にしないために着手したのではないかと弁護士会から反発の声が出た。

A 警察庁の吉村博人長官は「裁判員制度を念頭に置いてやったということはない」と記者会見で異例の発言をし、打ち消しに躍起だった。

B もうひとつ、決定的物証がないのに死刑判決を受け、一部から疑問の声が出ている和歌山毒物カレー事件。林真須美被告は無実を訴え続けているが、4月の最高裁判決でも動機が解明されないまま死刑を言い渡された。

C 状況証拠を積み上げ、「林被告しかいない」という消去法の末に有罪にされたんだ。捜査事情や裁判手続きに慣れている司法関係者なら理解できるロジックかもしれないけど、素人の裁判員には、こうした裁判のやり方そのものが理解できないのではないか。

A 舞鶴の駆け込み逮捕といい、カレー事件の最高裁判決日の設定といい、裁判員制度開始を前に、市民に詮索されたくない事件はさっさと片付けようという意図を感じるね。

B それに、カレー事件のような否認事件を担当する裁判員は大変だよ。最高裁は、「公判前整理手続きをして争点を整理してから公判を始めれば、裁判員が法廷に通って審理する期間は平均3〜5日くらい」なんて、市民に説明してきた。ところが、カレー事件では、審理が20回前後になる計算で裁判員の負担は尋常でない。裁判員が参加するような凶悪事件の裁判では否認事件も増えるだろうから、ますます長期化するはず。市民にウソをついてまで裁判員に駆り出すのか、という声がすでにあって、野党や市民団体から制度導入の延期を求める動きは日に日に高まっていたんだ。

A 辞退したい人は、実際に裁判所に足を運んだ後、辞退できる要件に見合うかどうか申し立てるわけだけど、そう簡単に辞退が許されるわけもなさそうだしね。

C さらに、ちょっとでも審理内容を外に漏らしたら、裁判員は守秘義務違反で最高懲役6カ月になる。無理やり駆り出されて、罰則まで食らっては、やってられないよ。

B フジテレビで始まったドラマ『魔女裁判』は、まさにそれを描いて興味深い。殺人事件の裁判員になった男性が、報道関係者の彼女に審理内容を漏らすシーンがあるからね。しかも、被告の背後にいる組織が無罪判決を出させるために、裁判員を買収したり、脅迫する。司法当局が想定していない局面だけど、僕は実際起こり得ると思う。

A 少なくとも、ふと周囲に漏らしちゃうケースはあり得るよね。

C っていうか、それを狙って裁判員の取材を始めてる新聞社がある(笑)。

B 噂には聞いてるけど、本当?

C 全国に販売店を持っている新聞社は、膨大な顧客リストがある。それを利用して電話をかけまくり、裁判員に指名された人物をすでにリストアップしているなんて情報もある。注目裁判のときに取材をかける準備らしい。

A ただ、報道機関の名誉のために言っておくと(笑)、審理が公平に行われているかをチェックするためなんだ。裁判官が裁判員と密室で審理を行うとき、自由意思のもとで有罪か無罪を決めるはずなのに、裁判官が裁判員を誘導したり、脅迫的な発言を口にすることもあるかもしれないしね。

B 確かに、司法試験に受かったエリート裁判官から見ると、市民の裁判員なんてバカにする対象かもしれない。

C ただ、裁判員に接触すれば、少なからず審理内容を聞き出すことになってしまい、メディアが裁判員に対して犯罪をそそのかすことにはならないかな。国会でも野党側が、守秘義務違反の範囲が曖昧だと指摘しているし、この点は見直しをする必要があると思う。

A そしてもうひとつ、報道側が抱える深刻なテーマがある。

B 「予見報道」の自粛問題だね。最高裁は容疑者逮捕後の報道について、裁判員法の中に「裁判員らに偏見を生むことのないよう配慮しなければならない」というメディア規制条項を入れようと必死に動いたが、日本新聞協会が中心になって阻止に奔走。「自主規制」を条件に規制を見送られた経緯がある。

C それを受けて各紙ともガイドラインを定めた。容疑者を犯人視せず、容疑者の言い分も弁護士から聞いて報じるとか、警察のリークなら、そうわかるように情報の出所を明示するとかね。

B でも、冒頭に出た舞鶴の殺人事件なんて、逮捕前から6日間も見込み捜査丸出しの家宅捜査をやっているのに、報道各社はそれほど問題視していない。まぁ、いちいち問題視したら、警察からネタがもらえないという事情もある。

A いずれにせよ、報道の使命は、警察や検察権力の監視が第一。「自主規制」の名の下に、捜査そのものをウォッチしなくなったらおしまい。取材の手を緩めることなく、裁判員制度の行く末を見守りたいね。
(構成/編集部)

裁判員を辞退するには?

裁判員は原則的には辞退できないことになっているが、裁判員法16条には、例外的に申し立てが認められるケースが記されている。たとえば、年齢が70歳以上の人、病気やけがにより裁判所に出頭することが困難な人、同居人の介護などに従事している人、父母の葬式やそのほか社会生活上、欠席するわけにはいかない用事のある人などなど......基本的には、仕事やデートのために休むということは認められていないので、あしからず。
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