テポドンの発射で測られた 政治的感情と日本の民度

──4月5日、北朝鮮より発射された「飛翔体」により、日本中が騒然となった。こうした北朝鮮の瀬戸際外交が起こるたび、制裁を強化してきた日本だが、すでに160カ国との国交を持つ北朝鮮に対していかなる制裁を行おうともその効果は期待できない。だが、もはや生き残ること自体が国家目的となっている北朝鮮に対し、「日本、そしてアメリカとの国交を正常化し、体制変革と経済復興を実現すれば生き残れるという意識を植え付けることができれば、核、そして拉致問題の解決策になると、朝鮮半島研究の権威・小此木政夫教授は語る──。

【今月のゲスト】
小此木政夫(慶應義塾大学教授)

神保 今回は、朝鮮半島研究の第一人者で、慶応義塾大学法学部教授の小此木政夫先生をお招きし、日本の対北朝鮮政策について考えたいと思います。まず、先の「飛翔体」騒動を振り返りたいのですが、国連から北朝鮮を非難する議長声明が出たことを受け、北朝鮮政府は4月14日、これを推進した日本を批判し、6者会談からの離脱を表明。「自衛的核抑止力を強化する」と宣言し、IAEAの査察チームも国外退去処分にしてしまいました。

宮台 社会学では「表出」と「表現」という概念があります。「表出」はエネルギーや感情の発露で、「表現」は目的を持った伝達です。両者は独立した概念なのでクロス表を作れます。「表出」に成功しても「表現」としては無意味な場合もあれば、逆もあります。誰もいない空地で叫んでスッキリするのは前者で、歌手がクチパクで唱うのは後者です。
 今回の件では、「断固・決然」的な制裁措置で「表出」のカタルシスを得ても、外交は政治ですから、最終目標を達成しなければ「表現」として失敗です。最終目標とは国土の安全。今回のテポドンはMD(ミサイル防衛)がカバーできる高度のずっと上空を飛翔するし、MDは着弾点の真下から命中させるしかないので、MDを持ち出す時点で阿呆です。すでにノドン200発が実戦配備されて東京が射程に入っている以上、ノドンに搭載可能な核の開発を無力化する以外、国土の安全はない。日本が無意味な大騒ぎをし、北朝鮮はそれを理由に核の無力化のための6カ国協議から離脱したのだから、日本の外交は爆笑ものです。
 今回は、国民もマスコミも政治家も「究極の馬鹿揃い」であることが証明されました。

神保 私が心配していることは、要するに現在の日本の対北朝鮮強硬路線が、単なる感情の表出になっているのではないかということです。北朝鮮が「飛翔体」を飛ばした背景にある北朝鮮の国内事情や国際情勢をよく見極め、中国やアメリカが今、北朝鮮問題をどう位置づけているかを踏まえた上で打ち出している、戦略的な裏付けのある政策なのか、正直なところ疑問です。今回、国連でも、日本が目指した非難決議ではなく、拘束力のない議長声明にとどまりました。日本政府としては、「日本の主張は盛り込めた」と、外交努力の成果を称える報道がなされていましたが、小此木先生はこれをどう評価しますか?

小此木 「飛翔体」の発射から1週間で議長声明が出たことを考えると、まあまあの対応だったのではないでしょうか。国際的な共同行動を重視すると中身が緩くなるし、中身を固めようとすると中国、ロシアなどが出ていってしまう。現場は相当苦労したでしょう。ただし、当初から、制裁決議や非難決議が採択される可能性はなかった。それで官房長官が議長声明を容認しようとすると、官邸があらためて決議を要求するなど、日本の主張は相当に混乱しました。

神保 日本は、より強硬な対応を求めましたが、主要国の反応はどうだったのでしょうか?

小此木 最初から、アメリカの反応が非常に鈍かった。ヒラリー・クリントン国務長官が北朝鮮に言ってきたのは、「挑発をやめろ。発射したら安保理決議違反だ」ということです。しかし、事後にどう対応するかについては、「国際社会と共同で対処する」としただけで、具体策に関する質問にはまったく答えなかった。日本が強硬な決議を求めたために、それにある程度のお付き合いをしたが、北朝鮮との対話の基盤を崩したくなかったのでしょう。日本が頑張りすぎると、むしろ米中の共通点のほうが多くなってしまう。それで、日本も矛を収めざるを得なくなった。
 全般的に見れば、ブッシュ政権の最初の6年間は、「9・11」テロ事件の衝撃の下で、北朝鮮に対しても非常に強硬な姿勢を取った。クリントン政権時代の「枠組み」合意(核開発の凍結)を放棄して、重油提供の中止から金融制裁までいった。しかし、北朝鮮が核実験を行うと、交渉路線に戻らざるを得なかった。その間に北朝鮮は、自由に原子炉を動かして、40キロ近いプルトニウムを分離してしまった。これが前回の核実験や今回のテポドン試射を可能にしたのです。したがって、道義的にはともかく、ブッシュ政権は政策的に完全に失敗しました。オバマ政権ではブッシュ政権の8年間の北朝鮮政策のレビューを行い、最後の2年間の交渉路線を引き継ごうとしている。これはクリントン国務長官が明言しています。

神保 挑発外交に乗って強硬路線を取ったことに対する過去の教訓があると。その教訓があればこそ、アメリカでさえすでに折れているのに、日本が路線を変えない、あるいは変えられないのはなぜでしょうか?

小此木 日本は拉致問題を抱えているからでしょう。日本独自の制裁を開始するときに、これは拉致に対する制裁で、これはミサイル・核開発に対する制裁だ、と区別しなかった。それどころか、制裁解除の可能性を封じるために、両者を意図的に混ぜてしまった。もうひとつ、国内政局が不安定だから、「強硬路線のほうが世論の支持を得やすい」という政治判断があることも否定できないでしょう。今、「北朝鮮と交渉する」なんて言ったら石を投げられる。小泉政権のように、劇場的に世論を作れる政権でないと、本格的な交渉はできないでしょう。

宮台 強硬路線に意味があるケースがあります。ヤクザ同士のケンカを思い浮かべるといい。そこではチーム内の「差異」が重要です。子分に噴き上がらせた上、親分が「こいつを抑えるのも楽じゃねぇんだ、抑えられるうちに折れたほうが身のためだぜ」と相手と交渉する。日本にワザと強硬策を取らせ、アメリカはあえて柔軟策を取って「差異」を見せる。日本が「特攻」役をし、アメリカがそれをなだめる形で、交渉を有利に進めるのです。まあ、日本の不安定な政権を考えると、そうした連携は望み薄ですがね。

小此木 素晴らしいシナリオだと思いますが、日本の世論は直情的だから、最後に矛を収めることができなくなる。テロ支援国家指定解除のときのように、かえって日米間に感情的な摩擦が生まれるでしょう。

神保 これまでの対北朝鮮外交を見ていると、勇ましいことを言っている間に、結局日本も世界も北朝鮮に手玉に取られて、欲しいものを与えてしまっている、という印象も否めません。今回の議長声明に対する北朝鮮外務省の反応は、どうとらえるべきでしょうか?

小此木 北朝鮮側は議長声明を断固糾弾して、「6カ国協議には2度と参加しない」と言っていますが、それよりも重要なのは「核抑止力を強化する」と述べている部分です。北朝鮮の原子炉は無能力化されていますから、再び動かすには1年近くかかる。しかし、使用済み核燃料の再処理であれば、数カ月の単位で可能になる。そうすると、核兵器がまた1〜2発できることになります。
 プルトニウムを蓄積すればするほど、北朝鮮の交渉力が高まりますから、夏ごろまでにはそれを止める動きが出てくるはずです。そこが外交のピークになります。また、あまり語られていないことですが、今年は中華人民共和国樹立から60周年、すなわち中朝国交樹立の60周年です。そうすると、10月の初めまでに中朝首脳の往来ができる状況にならなければいけない。やはり夏がデッドラインで、それまでに6カ国協議を再開させて、米朝交渉もスタートさせることになるでしょう。それができなければ、さらに深刻な事態、例えば第2回核実験が予想されます。北朝鮮はその準備も進めるでしょう。

神保 北朝鮮も、中国もアメリカも、それを念頭に置いて動いているんですね。

小此木 そうです。もともとアメリカも北朝鮮も交渉したがっています。だから、よほどこじれない限り、そこまではいかない。クリントン国務長官は、2月のアジア・ソサエティーの講演で、「北朝鮮が検証可能な形で核開発を放棄すれば、アメリカは北朝鮮と国交正常化し、平和条約を締結する」と明言しています。北朝鮮がこれに素直に応じるのが一番いい。しかし、彼らはできるだけ多くのものを獲得したいから、仕掛けを大きくしなければならないと考える。オバマ政権の関心は国際金融危機、イラク、イラン、アフガニスタンにあり、北朝鮮の優先順位はこの上位グループには入っていません。だから、その重要性をアピールしなければならない。それが今回の「飛翔体」です。一時的にですが、オバマ大統領がプラハで怒りをあらわにしました。北朝鮮の試みは成功したのです。ただし、アメリカは再び冷静になっている。

宮台 以前からこの番組では「北朝鮮への制裁を続行・強化することが、日本の立場を強くするか」を問題にしてきました。僕の博士論文『権力の予期理論』(勁草書房)で証明したように、制裁は脅しの段階が最も有効であって、制裁を実行に移すと、相手が適応してしまうので、結果的にこちらの持ち札が減ってしまう問題があります。北朝鮮の貿易額に占める日本の割合は最盛期の数分の一以下で、日本の制裁に十分に適応しています。それどころか「日本がゴチャゴチャ言うなら日本だけ外しても不便はない」という状況になりつつあります。で、実際に外されたわけですが、日本政府が何をゴールに設定しているのか皆目不明です。

小此木 おっしゃる通りですね。今回は「制裁の限界」が表面化した。それがわかっているから、アメリカは踏み込まなかった。安保理事会で非難決議ができないような状態で、日本は独自制裁を強化しようとしましたが、残されたのは全面的な輸出禁止くらいのものです。それも年間8億円という規模だから、もう日本にやれることはないのです。

宮台 日本の反応は、「ゴチャゴチャ言う奴は外すぜ」という見得を切るのに使えたので、アメリカと交渉したい北朝鮮にとって「飛んで火に入る夏の虫」でしたね。

小此木 北朝鮮が最後まで日本と交渉しないということはないと思います。日本や韓国は、実際的にさまざまな経済支援をなし得る国ですし、特に日本には過去清算という問題があり、国交が正常化されれば多額の経済協力が得られる。北朝鮮は2国間でそれをやろうとしたが、小泉政権下でもうまくいかなかった。したがって、まずアメリカを動かすしかないと考えている。夏ごろまでに米朝の直接交渉が始まれば、北朝鮮の日本に対する姿勢も変わってくると思います。また、「拉致問題の再調査委員会を立ち上げる」などと言ってくるでしょう。
「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」というのは、歴代の日本の政権が言ってきたことです。それは間違いではありません。しかし、「国交正常化、すなわち過去清算なくして、なぜ拉致問題を解決しなければならないのか」というのが、かつて日本に支配された北朝鮮の発想です。そういう国を動かすためには、日朝平壌宣言に戻って国交正常化交渉を始めることが必要でしょう。その過程で、拉致問題の解決だけでなく、北朝鮮の非核化やミサイル規制を確実にしなければなりません。

拉致とミサイル以外のリソースが北の生きる道

神保 2002年9月17日、小泉さんの電撃訪朝で日朝平壌宣言が調印され、「拉致を認めて謝罪する代わりに国交正常化交渉を開始する」ということで、歴史的な大きな転機になるはずだったものが、逆に日本が強硬路線に舵を切るきっかけになってしまった。これについては、どう分析されていますか?

小此木 9・11後、ブッシュ政権がテロ支援国家に対して対決的になる中で、日本の首相が平壌に乗り込んだのですから、小泉さんは非常に大胆でした。彼でなければできませんでした。それがうまくいかなかったのは、事実かどうかは別として、拉致被害者のうち「8人が死亡している」と通告されたからでしょう。これは想定されていなかったのでしょう。当然、世論が激しく反発して、国交正常化交渉の枠組みが破綻してしまった。
 この問題で一番難しいのは、終止符を打てないことです。例えば、今後、何人かの拉致被害者の生存が確認されて、それらの方々が帰国できても、それで世論は納得するでしょうか。それ以外に生存者がいないということは、北朝鮮側も証明できないのです。

神保 やっぱり嘘をついていたじゃないか、まだほかにも生存者がいるんじゃないか、という話になりますね。

小此木 北朝鮮側のジレンマ、日本に対する不信は、まさにそこにあるのです。

神保 北朝鮮が本当に核ミサイルを発射するとは思えないけれど、核もミサイルも最もその脅威を感じなければならないのが日本であることは間違いない。しかし、これで拉致問題が解決したなんて話はとても受け入れられないし、国民感情としては拉致をミサイル問題や核と分けて考えることもできない。そう考えると、日本はいつまでたっても強硬路線から抜けられない感じがするのですが。

小此木 政治家や有識者、そしてメディアが、これらの問題を区別する努力をしないといけないでしょう。「拉致問題を解決するためにも、こうした政策が必要なんだ」と、国民を論理的に説得しなければいけない。そうしなければ、日本の外交は成り立ちません。

宮台 2ちゃんねるでは、拉致被害者5人の帰国問題について被害者家族を支援する空気で一色だったのが、一度バックラッシュが起きています。山本七平によれば「空気を変える現前性」が手掛かりとして与えられれば世論は一挙に反対側に振れます。簡単だと思います。政治家や識者は「ノドンはすでに実戦配備され、核開発を止めなければ彼らは日本に核を降らせることができる。そうなれば我々の交渉力が下がって拉致問題解決どころじゃない。核を無力化できなければ何をやっても無駄」「ファーストプライオリティである核問題を解決する際の交渉力を上昇させるべくセカンドプライオリティである拉致問題を使い、核問題解決の見返りとしてのアメの見返りとして拉致問題を解決する」と合理的に説明すればいい。「核が降ってくるんだぜ」という話ですから説得可能でしょう。ポピュリズムを顧慮せざるを得ない政治家がこうした説得ができないのはマスコミのせいです。

小此木 小泉さんの訪朝後、拉致問題は絶対化されてしまった。しかし、これを相対化して、外交
問題として取り扱わない限り、問題は解決しません。もうそろそろ、そういう判断をしなければいけないでしょう。

神保 さて、金正日総書記の体調不良問題も大きく報じられていますが、北朝鮮側の国内事情はどうなっているのでしょうか?

小此木 国家として生き残ること自体が目的になっている状況で、その手段として開発してきたのが核とミサイルだ、ということです。また、北朝鮮では「2012年までに強盛大国への入り口を開く」という目標が掲げられています。この年は故金日成誕生100周年であり、金正日総書記も70歳の古希を迎える。さらにオバマ政権の第一期、韓国の李明博政権が終わる年でもある。つまり、この節目の年を目標にして、北朝鮮は将来も生き残れる体制を作りたいのです。国民に「我慢しろ」と言い続けてきたので、一定の成果を出さなければならないが、経済復興は難しい。しかし、米朝正常化が実現すれば国民は満足するでしょう。他方、オバマ政権も第一期末までに外交的な成果を出したいが、イラクやアフガニスタンは難しい。それよりも、ダイナミックな交渉で成果が得られそうなのが北朝鮮問題です。このあたりで米朝両国の思惑が一致しています。金正日の激ヤセ写真を報じているのも、「総書記も必死に頑張っているから、国民も2012年まで頑張ろう」と、覚悟を促しているのではないか。

神保 なるほど。ある意味で、米朝は相思相愛の関係にあると。その中で日本は、どんなことを考
えるべきでしょうか?

小此木 ミサイル問題も、核問題も、拉致問題も包括的に解決するという姿勢は正しいと思いますが、北朝鮮が北朝鮮である限り、つまり現在の政治経済体制が変革されない限り、それは容易でありません。もし、90年の金丸訪朝団で、あるいは小泉さんの電撃訪朝で日朝関係が正常化していれば、人口2300万人の小さな国に日本の経済協力資金が入り、それによって北朝鮮の経済は開放・改革の方向に向かわざるを得なかったでしょう。北朝鮮は日本のひとつの県、しかも比較的小さな県レベルのGNPしか持たない小国なのです。皮肉なことですが、外部からの圧力なしには、現在の体制を維持することができないでしょう。北朝鮮も核とミサイルだけで生き残れないことを知っています。核とミサイルを手段にして、日米両国との国交正常化を達成して、経済を再建しようとしているのです。それを正確に認識しなければいけません。

宮台 現状の北朝鮮には、体制の生き残りのためのリソースが、核とミサイルしかない。逆に言えば、核とミサイルしか生き残りの手段がないから、今の体制になっている。こうした循環を断ち切るには、彼らの生き残りのためのリソースが、核とミサイル以外ものへと開かれればいい。以上は論理的問題です。韓国の太陽政策は、そうした発想でなされました。問題なのは、新しいリソースを獲得するまでの過程で、北朝鮮が従来のやり方で交渉してしまうこと。だから、せっかくリソースを与えようとしている各国の国民感情を刺激してしまう。我々の国は民主国家だから、国民感情を刺激されると政治家の身動きが取れなくなります。
北朝鮮に新しいリソースを与える過程をクリアするのは、難しいゲームです。

小此木 極端な話、「軍事力を行使してでも、原子炉を止めてしまえ」という主張と、「経済支援をして、原子炉を放棄させろ」という主張のどちらかになってしまう。中間の道を模索することが難しい。軍事力を行使するには戦争を覚悟しなければならないし、経済支援をすれば「あんな国を助けることはない」という反対に遭う。だから、北朝鮮は北朝鮮で、脅したりすかしたりしながら、抑止力を強化して、それを外交手段として利用しようとする。瀬戸際政策によって、外交的に勝利しようとする。これは不毛のゲームですね。

宮台 北朝鮮の合理性に従えば、日本は拉致問題で国民感情が刺激されやすいので、交渉相手の筆頭に持ってくるのはマズイ。小此木さんがおっしゃるように「まずアメリカと交渉を」と考えて当然です。北朝鮮が「日本はアメリカに逆らえない」と考えるのも正解。結局、日本が強硬に噴き上がろうがなんだろうが、アメリカ次第でどのみち「なるようになる」ので、北朝鮮にとっては大勢に影響しない。でも、日本の行動次第で、日本のゲイン自体には大きな差が出てきてしまうのです。我々は、自分の首を絞めないようにする必要があります。

小此木 北朝鮮との交渉で日本がイニシアチブを取るのは、世論との関係で難しい。やはりアメリカが動くまで待たざるを得ないでしょう。ただし、そのチャンスは利用しないといけない。アメリカが動けば、北朝鮮は必ず日本にも寄ってくる。日本から得るものはそんなに小さくないのです。安全保障に関して、我々にできることは少ない。しかし、北朝鮮の体制を段階的に変革することが目的であれば、復興資金や技術援助を通じて、アメリカよりも日韓中が果たす役割のほうが大きい。この3国がそれぞれ北朝鮮との経済交流を拡大すれば、北朝鮮が現在の閉鎖的な体制をそのまま維持することはできない。北朝鮮のテクノクラートたちは、それを開放・改革のチャンスとして利用しようとするでしょう。
 日本にとって何が脅威かという原点に立ち返れば、テポドンよりもノドンであり、それ以上に北朝鮮の核開発です。非核化に取り組む6カ国協議の再開を急がなければならないし、そのためには米朝直接交渉を許容しなければいけません。米朝交渉に反対するのは愚かしいことだと思います。

太平洋戦争から学ぶ敵国の"情報収集"

神保 ここまでの話をうかがっていると、日本は政治的にはまったく無能で、日本が北朝鮮に対して主体的にできることは何ひとつないかのように聞こえてしまいます。最終的にはアメリカの意向が大きくものを言うのは仕方ないとしても、今、日本にできることは何かありませんか?

小此木 非常に難しい問題ですが、外交の現状にしても北朝鮮の国内事情にしても、日本では適切に論じられていないと思うのです。金正日の突然死によって、北朝鮮の体制が崩壊に向かう可能性を含めて、どのような政策が本当に必要なのか、もう少し理性的に議論することが重要ではないでしょうか。われわれにとっても、残された時間は多くありません。

宮台 先ほど述べた「飛翔体」に関するナンセンスな騒動が、程度の低さの表れですね。

小此木 テポドンは日本の上空を越えてアメリカに飛んでいくミサイルです。北朝鮮はアメリカを脅そうと思ってやっているのです。そして、この件についてアメリカは冷静だったし、現在、再び冷静になっている。こうしたアメリカの対北朝鮮政策が、日本では正確に伝わっていない。政策の強弱とか、右左だけが議論され、政策の論理が議論されない。それについては、ほんの一部の人しか関心を持たないのです。メディアも、そういうことに時間は割きませんね。金正日の後継者問題などが、面白おかしく報道されるだけです。

神保 もちろん、外交の戦略上は強硬路線が重要になることもあります。小此木先生は、小泉訪朝以降の流れを踏まえて、日本の強硬路線には戦略上の計算があるように思いますか?

小此木 国内政治に影響されすぎていて、戦略性を持って行われているとは思えません。06年の核実験で独自制裁を強く主張した人たちは、「万景峰号の往来を止めれば、北朝鮮は3カ月もたない」というたぐいの議論をしていました。繰り返しますが、「日本が制裁すれば北朝鮮は終わる」というのは間違いでした。そもそも、核兵器や弾道ミサイルを所有する「ならず者国家」が突然崩壊するという事態がどれほど深刻か、考えたことがないのでしょうか?無理心中なんてごめんです。

宮台 (日本の制裁で北朝鮮が終わらないというのは)北朝鮮の貿易データを見るだけで明らかです。どこに目がついてるんでしょうね。

神保 北朝鮮は、世界の160カ国と国交がありますから、どこか一国が制裁をしても、ほかの国からその分の物資が入るだけですね。宮台さん、最後にまとめてください。

宮台 本日の話をまとめると、「日本がどう動くかは、北朝鮮にとって大勢に影響なく、我々のゲインにだけ関係する。そういう観点から見ると、我々は自分の首を絞めている」という単純な話です。でも、日本は民主主義国家だから、政治家の行動を国民感情が縛ります。まあ、これが我々の民度ということで、仕方ないんでしょうね。僕は今回の「飛翔体」騒動で、こりゃダメだと思いました(笑)。

小此木 05年から4年間、政府の勧告に従って、私は北朝鮮への渡航を自粛しています。しかし、問題の国であればあるほど、正確な情報が必要です。太平洋戦争中のアメリカは徹底的に日本を研究しました。日本はその逆に、アメリカに関する情報を排斥しました。その愚を繰り返してはいけません。

神保 久しぶりに北朝鮮に行ってみたら、国内の状況もずいぶん変わっているかもしれないですね。
(構成/神谷弘一 blueprint)

『マル激トーク・オン・ディマンド』
神保哲生と宮台真司が毎週ゲストを招いて、ひとつのテーマを徹底的に掘り下げるインターネットテレビ局「ビデオニュース・ドットコム」内のトーク番組。スポンサーに頼らない番組ゆえ、既存メディアでは扱いにくいテーマも積極的に取り上げ、各所からの評価は高い。(月額525円/税込)

宮台真司
首都大学東京教授。社会学者。近著に『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など。


神保哲生
ビデオジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム代表。代表作に『ツバルー地球温暖化に沈む国』(春秋社)など。


小此木政夫
大学院博士課程単位取得退学後、同大学専任講師、助教授などを経て、85年より現職。著書に『金正日時代の北朝鮮』など。


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