発明を盗まれた男と大企業との執念の戦い

【今月の映画】

『天才のひらめき』
(原題:Flash Of Genius)
カーンズ家の大黒柱・ロバートは間欠ワイパーを発明し、ある日、フォード社に売り込むも採用してもらえず。しかし、後にそのアイデアが同社に盗まれたとわかり、大企業を相手にひとり戦う決意をする。金でもなく地位でもなく、ただ真実が欲しくて──。監督/マーク・エイブラハム 出演/グレッグ・キニア、ローレン・グラハム、アラン・アルダほかアメリカでは08年に劇場公開、日本公開は未定

 筆者がガキの頃、自動車のワイパーは速いか遅いかしか調整できなかった。

 小雨の時は、すぐにブレードが乾いて引っかかってしまう。だから、運転しながら手でワイパーのスイッチを入れたり切ったりするしかなかった。そのために事故も多かった。

 1回動くと数秒間を置いてから動く、間欠ワイパーを初めて見た時の驚きは今も覚えている。あれは70年代後半だった。その間欠ワイパーを発明したのはロバート・カーンズという男だが、彼は30年間、なんの利益も得られなかった。彼の戦いを描いた映画『天才のひらめき Flash Of Genius』を観た。

 カーンズはデトロイトに育ち、工学博士を目指したが、まだ博士課程で収入が少ないのにカソリックのため6人もの子どもを抱え、生活に追われていた。小雨の中、自動車を運転中にワイパーと格闘しながら思った。

「ワイパーも、まぶたみたいに動かないかな。数秒ごとに瞬きして眼球を潤すように......」

 そうだ!間欠ワイパーのひらめきを得たカーンズは、それから毎日、自宅の地下の洗濯場で試作品作りに取り組んだ。数秒に1回ずつパルスを発する発振回路を引き金にして、ワイパーを動かすことにした。

 67年、カーンズは間欠ワイパーの特許を取得して、天下のフォードに売り込んだ。フォードは大喜びして、試作品を見せてほしいと求めた。カーンズは渋々フォードに試作品を提出した。
ところが、いつまでたっても音沙汰がない。5カ月後、やっとフォードから連絡があったが、それは「あなたのワイパーは必要ない」というものだった。

 事業家の夢破れたカーンズは政府の工業規格管理局に就職し、2年がたった。69年、フォードは新型ムスタングを発売した。そのセールスポイントは間欠ワイパーだった!

「私の発明を盗んだな!」カーンズが抗議しても、フォードは「この間欠ワイパーは、わが社が独自に開発したものだ」と言い張るだけ。カーンズは弁護士に相談するが、「世界的企業にたったひとりで逆らっても、勝てるはずがない」と、最初からやる気がない。

 そのうちにフォード以外の自動車まで、間欠ワイパーを備え始めた。

 カーンズは壊れた。大統領に選ばれた妄想に取り憑かれ、家を飛び出してアメリカを放浪、警察に保護され、精神病院に収容された時には髪の毛が真っ白になっていた。精神障害を理由に規格管理局は解雇された。

 それでもカーンズは諦めなかった。

 78年、弁護士に頼まず自分でフォードを特許侵害で訴えた。裁判に取り憑かれた夫を見捨てて妻は家を出て行った。管理局の退職金だけが生活の糧だった。

 しかし、成人した息子たちが訴訟事務を手伝ってくれた。子どもたちは父がワイパーを実験し、発明する過程を全部目撃しているのだ。

 裁判は90年にやっと始まった。発明を盗まれてから20年以上経過している。ここにたどり着くまでに、たいていの原告は精神的にも金銭的にも疲弊して示談を受け入れてしまうのだが、カーンズは耐え抜いた。

 裁判では、特許の要件である「非自明性」について争われた。「既存の発明である発振回路をワイパーに利用するなんて自明(誰でも思いつく)だ」とフォードは主張した。それにカーンズは「天才のひらめき」で対抗した。

「天才のひらめき」とは連邦最高裁判事補ウィリアム・O・ダグラスの言葉だ。30年代、自動車のライターをめぐる訴訟があった。グッと押し込んで、熱くなるとポンっと飛び出すアレだ。ダグラスは「発明には"天才のひらめき"が必要だ。このライターにはそれがない」と、特許所有者の訴えを退けた。カーンズは「私は、まぶたの動きから間欠ワイパーを発明した。これは天才のひらめきだ」と訴えた。

 判決の直前、世間の評判を気にしたフォードはカーンズに30億円の示談金を提示した。カーンズが勝訴しても受け取れる賠償金は約10億円にすぎないのに、彼は示談を拒否した。「発明家が欲しいのは金じゃない。自分が発明した事実が認められることだ」

 92年、陪審はカーンズの主張を認めた。この勝訴の勢いでカーンズはクライスラーなど間欠ワイパーを使った各社を次々に訴え、すべての裁判で勝利した。最終的に彼が勝ち得た賠償金は、総計100億円といわれる。

 日本では近年、知財高裁がスタートしたが、実際は特許庁が特許と認めた案件が裁判所で「発明とは認められない」と覆される事例がおよそ半分という。つまり、企業が個人や町工場の特許を侵害しても企業の罪にならない場合が多いのだ。たとえば携帯電話を振動させる装置の特許を持つ中小企業が大企業を訴えたが、知財高裁では「誰でも思いつく発想であり、特許に値しない」と判決されてしまった。

 今、日本は知財立国を目指せとか言っているが、それは海外における大企業の権益を守れという意味であって、天才たちのひらめきを守るためではないのだ。

まちやま・ともひろ
サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社)など著書多数。TOKYO MXテレビ(日曜日23時〜)にて、『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』が放送中。
tomomachi@hotmail.com

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