──大手メディアの熱狂ぶり同様、ブームに便乗したのは(本誌を含めた)出版業界とて同じこと。ここでは、「柳の下のドジョウを狙え」とばかりに乱発した、オバマ関連本をザザっと紹介したい。
不況が続く出版業界が、オバマ関連本のヒットで久々に活気づいている。オバマの名をタイトルに冠した書籍や特集を組んだ雑誌は、国内ですでに100冊超! 中にはベストセラーもあり、もちろん各社の後追い合戦も激化中。もはや食傷気味ではあるが、ひとまずは現時点においてブームを象徴する10冊を紹介しよう。
まずは本家本元、オバマ本人が書き下ろした自伝から。最初の自伝『マイ・ドリーム──バラク・オバマ自伝』【1】は、黒人の父と白人の母の間に生まれたオバマ青年が人種の狭間で揺れる苦悩を綴った半生記。手に取ると結構なボリュームに一瞬ひるむが、それもそのはず。複雑なルーツとコロコロ変わる家庭事情に挟まれた青年期の濃さはハンパじゃない。ケニア人留学生だった父とカンザスの中流家庭で育った母の間に生まれ、2歳のときに両親は離婚。実父と会ったのはその後1度きり。翌々年には母の再婚に伴って、ハワイからインドネシアへ移住。アメリカの祖父母のもとでロスの大学に進学し、卒業後はシカゴに移住したのちコロンビア大学に編入して......と、こんなに流転を重ねてもまだオバマ20歳!物心つく前から不可抗力的な持ちネタが満載だ。さらに異父妹1人と異母兄弟が7人いるといえば、特異な境遇の一端が伝わるだろうか?
だが当時の彼は、単なるアフリカ系アメリカ人の若者(ただし、とびきり優秀)にすぎなかった。『マイ・ドリーム』を出版した翌96年、オバマはイリノイ州議会上院議員に当選。政治家バラク・オバマの人生が幕を開けるのはここからだ。04年にはのちに伝説と化した基調演説「大いなる希望」で一躍注目を浴びて、連邦上院議員に初当選。06年には大統領選を見据え、自身の政策を書き連ねた2冊目の自著『合衆国再生──大いなる希望を抱いて』【2】を刊行。全米200万部超のベストセラーとなった。人種的ルーツを知るには前者、政治家としてのマニフェストを理解するには後者がオススメだ。
さて、日本におけるオバマ本ブームの起爆剤となったのは、昨年11月に発売された『生声CD付き〔対訳〕オバマ演説集』【3】。売りはなんといってもオバマの生声が聴けるCD。
「オバマについて知りたい」というミーハー好奇心と、多くの日本人が半永久的に抱える「英語を習得したい」知的欲求を見事に突いた同書は、約50万部のロングセラーに。「あのバリトンの声はカネになる!」と見抜いた編集者の慧眼たるや、あっぱれ。ちなみに政治家の演説は、日米ともに著作権フリーである。
となると二匹目のドジョウを狙うのは業界の常。追随する類似本が次々に登場していく中で、ちょっと毛色が異なっているのが『CD2枚付 完全保存版 オバマ大統領演説』【4】。TOEIC対策などを得意とする語学系出版社が「本領発揮!」とばかりに張り切ったであろう同書は、オバマ大統領の就任演説をはじめとした5本のスピーチに加えて、リンカーン、ケネディなどの各大統領と、キング牧師の歴史的演説までもをギュウギュウに詰め込んだ1冊。オプションが功を奏してか売れ行きは順調らしいが、巻頭のカラー口絵に目次のデザイン、巻末のインデックスなど、構成・デザインともに、いかにもザ・参考書な感じが惜しい。
さらにマスコミ的においしいのは、声だけでなく姿形もイケるということ。「彼にはロックスターのオーラがある」と言ったのは生粋の民主党支持者ジョージ・クルーニーだが、ビジュアルブックも軒並み好調だ。
ニュース誌「タイム」が3年にわたり密着取材した独占フォト満載の『オバマ ホワイトハウスへの道』【5】は本国での初版が50万部というから驚き。オールカラーの誌面に幼少期の写真を効果的に使い、「マイノリティの少年が大統領になる」という究極のアメリカン・ドリームを仕立て上げている。一方、シカゴ・トリビューンによる『オバマの真実』(朝日新聞出版)は、スター誕生のノリで新大統領を全面肯定する「タイム」とは対照的。パラダイムシフトの象徴としてのオバマを評価しつつも、彼の本拠地であるシカゴの新聞社という強みを生かして、人間・オバマの素顔に迫っている。友人や元同僚が語る意外なエピソード(インドネシア時代は実はいじめられっ子だった!)など、自伝で語られる実像とは異なる情報もあるので、オバマニアは照らし合わせるのも一興。それにしても、オバマを見つめる支持者のまなざしは熱い。
語録にアンチに、ビジネスもジャンルを選ばない関連本
これらの関連本は、すべてオバマ旋風が巻き起こった昨年の秋以降に発売されたもの。だが、その約1年前、ビジネス書としていち早く世に出ていたのが『オバマ語録』【6】だ。「政治はビジネスではなく使命」「ワシントンの政治は文化人のプロレスに成り下がっている」「真に傑出した大統領になりたい。凡庸な大統領や情けない大統領ならいくらでもいますから」など、痛烈だがキレのある言葉を量産! 大統領選の争点となった各種政策からマリファナ経験の告白まで、96の項目にまつわる発言からオバマの野心が透けてくる。
これ以降、タイトルに「オバマ」をつける便乗本がじわじわと登場。かのマイケル・ムーアがアメリカ大統領選挙のカラクリについて語った『Mike's Election Guide 2008』も『どうするオバマ? 失せろブッシュ!』(青志社)という邦題にチェンジ。でも内容的にはオバマについてはほとんど触れていないので、ご注意を。
一方、オバマニアの過度な期待を牽制するかのように、アンチ本も次から次へと出版されている。「週刊金曜日」の編集委員・成澤宗男は『オバマの危険 新政権の隠された本性』【7】で、「真の資金源は小口のネット献金ではなく巨大な軍産複合体企業による政治献金」「イラク問題は完全撤退どころか半永久的占領を意図している」「オバマのスピーチライターはユダヤ・ロビーの大物」など、オバマを支持しない負の理由を次々に提示。そのほかにも「アメリカ国民はオバマ魔術に目をくらまされている」と言い切る『不幸を選択したアメリカ』(PHP研究所)、同じ白人と黒人の混血である保守派論客が同胞の立場からオバマ暗殺の危機を憂う『オバマの孤独』(青志社)など、否定的立場から新政権を語る著書も多数。その中でも最も挑発的なのは、米国の左翼ジャーナリストによる『オバマ 危険な正体』【8】だ。序章からして「オバマを操る教祖はロシア嫌いの誇大妄想狂ズビグニュー・ブレジンスキーであり、新政権によって救われるのはウォール街のエリート金融資本家だけ」とばっさり。「傀儡としてのオバマ」という着眼点からポストモダン・ファシズムの到来に警鐘を乱打しまくるトンデモ......もとい、過激な1冊だ。
一般書からやや遅れ、年明けからはビジネスマン向けの新書市場にもブームが到来。各社ともに多様な視点からオバマ現象を読み解いているが、ユニークさという点で異彩を放つ『オバマ・ショック』【9】に一票。住宅&金融バブルの打撃をしたたかに受けた、本誌連載陣の映画評論家・町山智浩とアメリカ研究の大家が、建国から新政権誕生に至る流れを映画や人種問題など、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。ただしタイトルと帯が与える印象とは裏腹に、オバマ本人について触れているのは全体の5分の1ほど。主題はあくまでも"オバマを通して知るアメリカ"だ。
じゃあ世界金融危機もオバマを通して学びましょうか、というのが『オバマのアメリカ経済入門』【10】。サブタイトルは「早わかり世界大恐慌」。オバマ新政権のビフォー/アフターでアメリカ経済、日米関係、世界金融危機はどう変化していくのかを、在日・在米の11人の論客が分析する。共和党系の世論調査機関によると、選挙中、投票所の出口調査では「経済問題だけを考えて投票した」という意見が84%にも達したというデータもあるように、新政権の最大の課題は金融危機克服。この難局をいかに乗り越えるかがオバマの真価につながるといっても過言ではない。
スタンスも解釈も、百花繚乱に咲き誇るオバマ本。2012年、続投を狙う(ハズ?)大統領選で笑うのは、はたしてどの本だ?
(文/阿部英恵)
オバマ関連本解説
【1】『マイ・ドリーム──バラク・オバマ自伝』バラク・オバマ 著、白倉三紀子・木内裕也 訳/ダイヤモンド社/2520円オバマの名が全米に知れ渡るはるか以前、ロースクール時代に出版社から依頼されて執筆した初の自伝。2歳のときに家を出た父の夢と挫折をたどることで、混血という生い立ちに真正面から向き合っていく"人種的自分探し"回想録。
【2】『合衆国再生── 大いなる希望を抱いて』バラク・オバマ 著、棚橋志行 訳/ダイヤモンド社/1995円自らの政治理念をアピールした2冊目の自著。二大政党制の弊害、環境保護に重点を置いたエネルギー政策、イラクからの米軍撤退など、アメリカ再生のための問題解決に向けた具体策を提示。全米200万部のベストセラー!
【3】『生声CD付き〔対訳〕オバマ演説集』『CNN English Express』編集部/朝日出版社/1050円オバマ本ブームの先兵となった肉声CD付き演説集。CNNの放送によるプロフィール紹介に始まり、04年民主党大会の基調演説、初の黒人大統領となることが確定した勝利演説などを対訳付きでコンパクトに解説。
【4】『CD2枚付 完全保存版 オバマ大統領演説』コスモピア編集部/コスモピア/1554円丁寧な脚注、キーワード索引、重要センテンス拾い読みといった切り口は、語学系出版社ならでは。オバマの主要な演説はもちろん、リンカーン、ケネディら人気大統領による就任演説、さらにはキング牧師の"I have a dream"演説まで収録しておトク感を強調。
【5】『オバマ ホワイトハウスへの道』『タイム』誌特別編集/ディスカヴァー・トゥエンティワン/1050円大統領選キャンペーンの3年間に「タイム」誌が密着。オバマに「家族の一員」とまで言わしめた女性写真家が撮りおろした写真に最小限の記事を添え、勝利宣言までの軌跡をたどる。もちろん、記事も写真もとことんオバマ寄り。
【6】『オバマの危険 新政権の隠された本性』成澤宗男/金曜日/1050円9.11テロは陰謀だったと主張する「週刊金曜日」の論客が、いわく「欺きの達人」オバマの実像に迫ったアンチ本。上院議員時代から大統領就任に至るまでの言動を分析し、「新政権の本性は帝国の世界支配の継続」と断言。チェンジすべきは日本人の対米観だと警告する。
【7】『オバマ語録』ライザ・ロガック 著、中島早苗 訳/アスペクト/1260円「"日本初"公式発言集」と帯で得意げにうたい上げるだけありほかに先立ち07年9月に刊行。S・キングを筆頭に著名人の伝記を多数手がけるベテラン記者が、米国が直面する諸問題からプライベートに関する事柄まで、96項目にまつわるオバマのお言葉を収録。
【8】『オバマ 危険な正体』ウェブスター・G・タープレイ 著、太田龍 訳/成甲書房/1995円ホラー小説風の帯には、「呪 新大統領誕生」「ウォール街に操られた洗脳大統領......」「恐慌から、ファシズムの奈落へ」と恐怖心を煽る惹句がずらり。「新政府=傀儡政権」というスタンスから、米国ベテラン左翼記者がオバマ型ファシズムの危機を検証する。
【9】『オバマ・ショック』越智道雄・町山智浩/集英社新書/735円本誌連載陣の町山氏と比較文化研究をライフワークとするアメリカ研究者が、それぞれの立場からオバマ現象を論考。時代を映し出す映画や文化、ほかの覇権国家が歩んだ道との比較を通して、初の黒人大統領が誕生したバックグラウンドを探る刺激的な対談集。
【10】『オバマのアメリカ経済入門』MBB編集部 編/毎日新聞社/1000円佐藤優、森永卓郎など11人の論客が、オバマ政権がもたらすパラダイムシフトと混迷する世界経済を俯瞰し、世界規模にまで広がった金融危機の行方を分析。各々の専門が異なるためか本としての一貫性に欠けるが、日米関係の動向を予測する上では参考になるはず。
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