なぜ、土俵は丸いのか?

 朝青竜の復活優勝で、最近では稀に見る盛り上がりを見せた大相撲の初場所だった。といっても、話題はよくも悪くも朝青竜のことばかりで、本当の相撲人気の復活とは言えない。だが、大の相撲ファンを自認する俺からしてみれば、こうした機会に相撲の面白さや奥深さを知ることで、真の相撲ファンが少しでも増えれば、うれしいことだ。

 前回も書いたが、相撲には、単なるスポーツや格闘技という枠には収まりきらない歴史や伝統、物語などがある。いつから始まり、どうして裸で戦い、どうして土俵は丸いのか......そうした一つひとつの疑問にも深い答えが用意されている。それを知ることで相撲を見る面白さは大きく増すはずだ。今回は、その一端を知ってもらいたい。

 まず、こんな話はどうだろうか。読者の皆さんが学校で学んだ歴史の教科書には、有名な力士が出てきているはずだ。誰だか覚えているだろうか? 


 大鵬や北の湖、貴乃花といった大横綱さえ、さすがに教科書には出ていないだろう。答えは「金剛力士」(笑)。東大寺や法隆寺の表門に安置されているあの蔵のことだ。

 筋骨隆々の上半身をむき出し、厳しい表情で寺院の表門をくぐろうとする者を睨みつけている姿を、誰もが見たことあるはずだ。

 たとえば、この金剛力士が何者かということをひもとくと、相撲というものがよくわかるのだ。まず、「金剛」というのは、仏教の言葉で全宇宙のエネルギーのことを指す。つまり金剛力士というのは、全宇宙のエネルギーをまとった神さまなのだ。

 この金剛力士には、口を開いた阿形と口を結んだ吽形がいる。もともとは一体だったが、下界に下りる際に二体に分かれたので、仁王(二王)さまとも呼ばれているわけだ。2人の息がぴったりと合うことを「阿吽の呼吸」というが、これも由来は金剛力士である。この絶大なエネルギーを持つ阿形と吽形が勝負をしたのが相撲の原型となっているという説があるのだ。

 全宇宙のエネルギーをまとった力士が闘う場所はどこか? 地球という狭い場所では、そんな激しい闘いを受け止められない。そう、あの丸い土俵は、無限の宇宙を表しているのである。丸いということは、たとえ相手に押し込まれても、円形の土俵をうまく利用すれば、無限に逃げられるのだ。つまり宇宙同様、限りない広さを持っているわけである。

 土俵の円は、勝負俵というものをつないで描かれているが、東西南北の四カ所には徳俵と呼ばれる出っ張りがあり、ここだけ円が途切れているのだが、これは土俵を守る神々が出入りする場所である。では、土俵にはどんな神がいるかというと、いわゆる四神と呼ばれるものがいる。四神とは、全宇宙の各方角を司る神で、東を青龍、西を白虎、南を朱雀、北を玄武が守っている。この四神が土俵(全宇宙)の周囲を囲み、柱となって、方屋と呼ばれる屋根を支えていた。今は観戦時の邪魔になることから、柱はなくなり、吊り屋根となっているが、その屋根からは、青、白、赤、黒の四色の房が下がっている。相撲中継などを見ていると、「力士が青房下に落ちた」などと言われることがあるが、この四つの房は先の四神を表しているのだ

神事であると同時に興行であり、武道である

 蘊蓄は、まだまだあるぞ(笑)。

 力士がまとう大きなエネルギー同士がぶつかると、人が近寄れないくらいの激しい熱を発する。「熱戦」という言葉はここから来たわけだ、熱戦が長時間続き、勝負がこう着状態に入ると、行事が中に割って入り、取組を一時中断することがある。これを「水入り」というのも、力士に水をかけて、熱を冷ますという意味から来ている。土俵の上を見ると、屋根の下に紫の幕が垂れているが、この幕は水引きと呼ばれている。こちらも水を表現したもので、土俵上の熱気を鎮めるための役割を果たしているのだ。

 力士が裸なのも、火柱が立ち上るほどのエネルギーを放出するから。また、行事が「はっきよい」というが、これも、気(エネルギー)を発するの「発気」と「気負う」から来たとされている。何げなく聞き流している相撲用語にも、深い意味があるのだ、

 ちなみに、力士のまわしには、すだれのような、さがりというものが付いている。一見すると取組の邪魔になるだけでなんのために付いているかわからないが、あれは鳥居のしめ縄と一緒で、「ここから先は、神の域である」ということを意味している。つまり、力士たちは神であるということを示しているわけである。

 では、なぜ全宇宙のエネルギーをまとった力士同士が土俵で闘うのかというと、これが神事たる部分で、この神同士の闘いの見返りとして、人間が五穀豊穣や悪霊退散などのご利益を得られたとされてきたからだ。

 力士は土俵上で四股を踏むが、あれは悪魔を踏んづけて、土の中にめり込ませている姿を表している。金剛力士像も、足元を見れば、悪魔を踏んづけている。あれと一緒だ。横綱の土俵入りは、地鎮祭なのである、つまり、相撲取りは、本来、そうした神々の役割を担う、尊い存在だったわけだ。それゆえ、力士、特にその頂にいる横綱には品格が求められてきたのだろう。

 品格といえば、最近は、朝青龍の品格問題云々がよく言われているが、俺自身は、あそこまで朝青龍を批判するのはおかしいと思っている。品格に欠ける朝青龍の言動は褒められたものばかりじゃないが、今語った起源から考えれば、それ以上に莫大なエネルギーを感じさせるような荒々しいまでの強さを持っている朝青龍のような力士こそ、横綱にはふさわしいと思う。そもそも、自分に素直で、明るくて、華がある男じゃないか。

 まぁ、俺がこんなこと言うのも、強さでは朝青龍の足元にも及ばないが、土俵上の態度という意味では朝青龍並みのことをしてきたからかもしれないがな。

 朝青龍は初場所で優勝を決めた直後にガッツポーズをしたことが問題になっていたが、あれはお客さんの声援に応えただけのことだ。俺だって、応援しに来てくれた人に手を振るなんてことをときどきしては、理事長や師匠にめちゃくちゃ怒られたものさ。

 もちろん、俺が手を振るのと、朝青龍のそれとは意味が違う。横綱が声援に応えるなんていうサービスをしてくれたら、お客さんだって大喜びだ。何百人ものお客さんが、また応援しに来ようと思うだろう。相撲は神事でもあるが、見せ物でもある。相撲界は客が入らないと嘆いているんだから、朝青龍のサービス精神を見習う必要もあるんじゃないか。確かに、品格という意味では問題ありかもしれない。負けた相手を哀れむ、惻隠の情ってものも必要だ。だが、日本人でも理解しづらいそうした武士道精神や相撲が持つ伝統や意味などを、増える一方の外国人たちにわからせるという努力を相撲界はどれだけしてきたのだろうか。そういう大きな目で見た場合、朝青龍があそこまでバッシングされるいわれはないと俺は思う。

織田信長の前で相撲を取ったことがある俺

 今も言ったが、相撲には、神事や祭りという側面以外にも、見せ物、つまりショー的な側面がある。奈良の時代の頃から、天皇が観賞するために各地から力自慢が集められたとされるし、国外からの来賓を歓迎するときの催しとしても用いられた。現在でも大相撲の優勝力士に天皇賜杯が渡されるのは、その名残だし、相撲が国技といわれるのも、天皇が深くかかわっていたからだ。

 安土桃山時代に、織田信長が相撲を推奨していたことは有名だろう。現在の大相撲では、結びの一番のあと、弓取り式が行われるが、これには信長が相撲で優勝した力士に弓を与え、それに喜んだ力士が喜び、弓を抱えて舞ったことが起源であるという説もある。

 余談になるが、信長と相撲といえば、俺も無関係ではないのだ。

 以前もここで書いたが、俺は信長の前で相撲を取ったことがある。といってもドラマの中での話だがな。

 1978年に放送されたNHKの大河ドラマ『黄金の日日』。戦国時代の堺の商人の姿を描いた作品だったが、この中で信長が、自分に歯向かった大商人・今井宗久(丹波哲郎)を懲らしめるために、配下の最強の力士と宗久と闘わせるシーンがあったのだが、この力士を演じたのが、現役を引退して間もなかった俺だったのだ。

 当然、最強の力士だから、商人なんかには負けるわけがない。俺は丹波さんを一蹴して、ギャフンと言わせるわけだが、ここから先がいかにもドラマっていう展開だった。次に、その宗久の弟子で、ドラマの主人公である呂宋助左衛門(現・松本幸四郎)が登場し、師匠の敵討ちだと、俺と相撲を取り、俺を池の中に投げ飛ばしてしまうという脚本だったのだ。

「そんなバカな話はないだろう。力士が商人に負けるか?」

 納得いかない俺は、現場でスタッフに食ってかかったもんさ。

「いや、お芝居の世界ですから。そこをなんとか」

 手を合わせて懇願してくるスタッフに免じて、放り投げられる役を甘んじて受けたが、11月の寒空の下、生田撮影所にあるボウフラのわいていそうな汚い池に浸かったときのことは今でも忘れられないな(苦笑)。

 話を元に戻そう。相撲は、江戸時代に入ると、大相撲として本格的に興行としても催されるようになったし、武道としても発展してきた。昨今は、スポーツという一面からしか相撲を語らない人も多くいるが、かくも相撲とは、深い歴史と多角的な意味合いを持ち合わせてきたのだ。もちろん、俺が今、ここで書いたことも、相撲のほんの一面を紹介したにすぎない。だけど、こうした背景を知っているといないのとでは、土俵の上での裸の男同士のぶつかり合いが、大きく違って見えるはずだ。相撲ってのは、本当に奥深いんだぜ。

たかはし・みつや
元関取・栃桜。現役時代は、行事の軍配に抗議したり、弓取り式で弓を折ったり、キャバレーの社長を務めるなどの破天荒な言動により角界で名を馳せる。漫画「のたり松太郎」のモデルとの説もある。

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