精神科医・岩波明が語る「正確な報道と公平な裁判」

――多くの著作があり、触法精神障害者の問題にも積極的に発言してきた精神科医の岩波氏に、「精神障害」「知的障害」とはそもそもなんなのかを中心に話を聞いた。

──まずは、「精神障害」「知的障害」とはなんなのか、おのおのの定義について大まかに解説してください。

岩波明(以下、) 精神障害の医学上の定義は、簡単に言えば、ある時点で発症し、良くなったり悪くなったりする「病気」であり、代表的なものとしては統合失調症、昔でいう「精神分裂病」があります。それに対し、知的障害は先天的なもので、「精神遅滞」や「精神発達遅滞」とほぼ同義です。

 一方、刑法上の定義は、医学上のそれとは異なります。日本の犯罪情勢と犯罪者処遇の実情をまとめた『犯罪白書』(法務省、平成20年版)には、「『精神障害者』とは統合失調症・中毒性精神病・知的障害・精神病質及びその他の精神疾患を有する者」と書かれています。つまり、少々ややこしいですが、刑法犯に関する統計の上では、本来別のものである「知的障害」と「精神障害」が、ひとまとめに「精神障害」と呼ばれているのです。

──政府が日本の障害者施策の動向等をまとめた『障害者白書』(内閣府、平成20年版)では、精神障害者数は303万人、知的障害者数は55万人となっています【同特集の河合幹雄氏のインタビュー記事中の表参照】。この数字をどう分析しますか?

 厚生労働省の患者調査によるもので、あくまでも病院で治療を受けた人の数ですから、実際の精神障害者・知的障害者の総数よりかなり少なめと見るのが妥当です。実際には、統合失調症だけでも、総人口の約1%弱といわれています。海外では、ある区域の住民の一斉面接調査を行って、精神障害者・知的障害者数の疫学的な統計を出していますが、日本では、プライバシーの問題から、そうした研究自体がタブー視され、正確な調査がありません。

──『犯罪白書』のデータに関しては?

 『障害者白書』同様、正確性に疑問があります。例えば殺人に関していえば、検挙人員総数に占める「精神障害者等」の割合は9・7%ですが【同特集の河合幹雄氏のインタビュー記事中の表参照】、イギリスの同様の統計では、その3倍以上の34%となっています。イギリスの統計は非常に正確とされていますから、『犯罪白書』の数値はかなり低く見積もられていると見るべきです。ここからどういうことがいえるか。つまり、日本では、被告に精神障害の可能性があっても、裁判を素通りしているケースが多々あるということです。きちんと精神鑑定をするには時間も金もかかるし、仮に精神障害と診断されても、身元を引き受ける身内や施設がない場合も多いため、暗黙の了解として裁判をスルーされて、病院や福祉施設ではなく刑務所に送られてしまうわけです。その傾向は、注目されない事件で特に強い。精神障害者の裁判での扱いに関しては、日本は後進国でしょう。

──では、精神障害者の事件報道についてどう見ていますか?

 報道が横一線に、容疑者を糾弾するほうへ向かっている点が気になります。精神障害者の事件に限りませんが、日本では「逮捕されたら即、有罪」と見る風潮が強く、逮捕時点から実名報道します。しかし実際には、起訴猶予や冤罪もある。実名報道された人の社会的ダメージは計り知れませんから、当事者の家族まで含めて、バッシングするだけの報道は控えるべきでしょう。

──逆に、メディアが萎縮している面もありますね。

 過剰なほど個人情報保護が叫ばれる時代ですからね。ですが、正確な情報が出てこないことは、精神科医にとっても、触法精神障害者の問題を考える上で障害になっています。例えば、精神医学というものの特性上、医師によって鑑定の結果が異なるのはままあることです。奈良家族3人放火殺人事件(06年)の加害少年の鑑定結果は「広汎性発達障害」でしたが、この診断には疑問が残りました。しかし、少年事件のため、公式に情報が出てこず、鑑定医以外の医師には検証できません。この事件をめぐっては、ジャーナリストの草薙厚子氏が鑑定医から得た情報を本にしたことで、鑑定医が秘密漏示容疑で逮捕されましたが、事件や捜査の情報が公式に出されないため、裁判の内容を正しく検討することが困難です。事件関係者の個人情報の保護と、情報を公表し検討することのバランスは難しい問題ですが、司法、医学、報道の各分野で、しっかりと考えていかなければならないでしょう。

(文・構成/松島拡、西川萌子)

いわなみ・あきら
1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒。精神科医。現在、昭和大学医学部精神医学教室准教授。著書に『狂気という隣人』(新潮社)、編著に『精神障害者と犯罪 精神医学とジャーナリズムのクロストーク』(南雲堂)などがあり、精神科医療の問題点について発信してきた。

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