──車で国道沿いなどを走っていると目にする「ファッションセンターしまむら」。「ダサい田舎の大規模洋服チェーン店」と思うなかれ、実はアパレル業界第2位の売上を誇る超人気企業なのだ。近年では都心へ進出を始めたしまむらの強さの理由を探ってみた。
"日本ファッション史"とはかくも無関係だった。ファッションセンターしまむらの歩み↑画像をクリックすると拡大します。
ここ数年、"安くてオシャレ"が主流になりつつあるアパレル業界。都心の一等地でもユニクロやH&Mなど低価格路線の店が賑わいを見せるが、ひとたび郊外に目を向けると、このシーンの中心は完全に「しまむら」だ。都心で暮らす20〜30代のしまむらに対するイメージは、「名前は知っているが、店を見たこともなければ、オシャレなイメージもない」といったところだろうが、実は08年度約4109億円と、アパレル業界でユニクロに次ぐ売上高を記録している(08年3月決算時点)優秀企業。しかも最近はトレンドを意識した品揃えへシフトしつつあり、意外と"使える"なんて噂も耳にする。そこで本誌は、その隠れた強さを究明するべく、女性誌を中心に活躍するスタイリストの加藤美香さんとともに、ファッションセンターしまむら高田馬場店(東京都新宿区)を訪れた。
駅徒歩3分、売り場面積500平米の敷地に、婦人衣料から「ヤング」向けまで、幅広い商品が多数陳列され、店内は全体的にオバチャンが多い。パッと見はスーパーの衣料品売り場と大差がなく、加藤さんも「イケてる服とダメ着がゴチャ混ぜですね......」と呆然。1時間あまりをかけて、店内から"お宝"を見つけ出し、見事、言わなければしまむらとバレない、「ViVi」風コーディネートが完成した(写真下)。プロの目から見たしまむらは、「商品数が多く、アタリハズレも大きい店。何か目的を持って服を探しに来るよりは、フラッと立ち寄って気軽に店内を物色するような利用法がいいかも」(加藤さん)とのこと。1000円以下の商品も多く、予算の心配がほぼないので、ドン・キホーテに行くのと同じような感覚での買い物のほうが楽しめるようだ。
「そこまで激安なら、ぜひ行ってみたい」という都心暮らしの読者もいるだろうが、しまむらは渋谷、原宿など都心のオシャレゾーンへの出店はなく、全国47都道府県で1123を数える(2009年1月時点)店舗のほとんどが郊外にある。その理由を、『ユニクロvsしまむら』(日本経済新聞社)などの著書を持つ商業開発ディレクター・月泉博氏は、こう説明する。
「都心では今、H&Mなど"低価格の流行服"が求められていますが、もともと郊外ではデザイン性はさほど重視されず、総じて"超低価格でデイリーユース"な服が求められます。しまむらは後者の商品を扱っているので、出店地域もマーケットのある郊外に絞っているのです」
ファッション業界においてダサさは致命的にも感じるが、消費者全体を見ると、"都心派"より"郊外派"のほうが、人数においては圧倒的に多い。ダサさも郊外ではニーズの範疇なのだ。
「ファッション業界にはブランドイメージやテイストなどがつきものですが、しまむらは曖昧な"イメージ"などにはこだわらず、『はやり廃りに左右されないデイリーユースな服をとにかく低価格で』という、自社の顧客の商品へのニーズをはっきりととらえている。そこが他社とは異なる点で、この会社では、"センス"や"イメージ"優先で商品企画を提案しようとしても、本部は相手にしてくれません」(同)
つまり、しまむらがイケてないのは、あくまでビジネス上の戦略で"確信犯"ということらしい。月泉氏は「しまむらは、アパレル企業だと思わないほうがいい」というが、その背景には「イメージではなくニーズがすべて」という、どこまでも徹底したしまむらの経営スタイルがあるのだ。
他の追随を許さない独自システムで急成長
しまむらは商品を製造業者から仕入れる集荷型の業態だが、"在庫の返品"が一切ない、100%買い取り形式で取引を行っている。これは商品が売れない場合を考えれば非常にリスキーだが、その分安く仕入れられるというメリットがある。また、仕入れの際、自社で設立した物流センターへ一括納入させ、そこから自前の物流網に乗せて全国に納品しているため、物流費用もほとんど発生しない。衣類の販売業者が自社で物流まで行うシステムはほかに類を見ず、この仕入れ術によってしまむらの低価格は成り立っている。
同システムで、全店頭で同時期に並ぶ商品はのべ4〜5万種類。これはユニクロが1シーズンに売り出すアイテム種の100倍にも相当する品数だが、品揃えが豊富な代わりに各商品の在庫は少量で、売り切れても追加投入はしない。その理由は意外にも、郊外の主婦が"人と服がカブる"ことを嫌うから。売れ残りそうな商品があっても、社内で統計的にはじき出す"最もそれが売れそうな店舗"へ流して売り切るため、抱える在庫はごくわずかなのだ。
しかし、こんな独自の商品展開で確実な成長を遂げてきたしまむらも、不景気のあおりを受け、08年には一部上場以来初の既存店売上高前年割れを起こすなど、苦戦している。独自の低価格モデルも限界説がささやかれ始めた。この事態にどう対応するのだろうか?
「ここ数年のトレンド志向を抑え、ベーシックに立ち返るのではないでしょうか。もともとしまむらは低価格路線で消費者の心をつかんできましたが、近年はトレンドを意識した商品を増やしたことで価格が上昇気味だった。まずはそこを従来のバランスに戻し、立て直しを図っていくと思います」(同)
"しまむらテイスト"は服ではなくて、価格にあった。そこに変化をもたらしたことで売り上げが落ちた以上、消費者の期待が価格にあったことを再認識せざるを得ないというわけだ。このまま転落するのか、はたまた再び郊外ファッションの雄として輝くのか?その答えは、これから並ぶ商品の"値札"に書かれることになりそうだ。
(取材・文/下元 陽(BLOCKBUSTER))
(絵/カズモトトモミ)
正式社名/株式会社しまむら
設立/1953年5月7日 資本金/170億8600万円 従業員数/1万799人(連結) 08年度連結売上高/4109億7000万円 取締役社長/野中正人 本社所在地/埼玉県さいたま市北区宮原町2-19-4
地元愛、クルマ、あえてのダサさ......
しまむらを支えてるのはヤンキー的消費!?
郊外生活者というしまむらのターゲットに目を向けたとき、アパレルという業種柄、忘れてはいけないのが若者だ。郊外の若者の間でしまむらは、文化的にどのように位置づけられているのだろうか? 著書『ケータイ小説的。』(原書房)で、ケータイ小説から地方に暮らす女子高生の生態を読み解くなど、郊外の若者の実態に詳しい速水健朗氏(本誌P126「若者を"食い物"にする企業、メディア、論壇」にもご登場)に、話を伺った。
氏はまず、郊外ならではの文化を持つある一定層に関して、しまむらと親和性が高い面があると指摘する。その層とはずばり、"ヤンキー層"だ。
「彼らは『地元志向』『露悪趣味』『合理主義』の3つに基づいた消費傾向を持つ人たちです。したがってファッションに関する消費傾向も、都会的な"ブランド"への嫌悪だったり、露悪的に悪趣味なものを購入したり、安くて実用的なものを着てみせるところにあります。ブランド商売が取る、記号的な価値による差異化や、『服を買う』という行動そのものでの満足、といった手法とは真逆のところに価値を置く。この志向は、しまむらの戦略と非常にマッチしています」
確かに、カスタム車を乗り回すようなクルマ文化の彼らと、国道沿いが主戦場のしまむらは相性がいいのかもしれない。さらに速水氏は、郊外的服飾文化のキーワードとなるのは、「徹底して合理的な消費を好む層の存在」だという。
「しまむらで服を買う層というのは、たとえばイオン系のショッピングセンターに行ったら、プライベートブランドの『トップバリュ』で買い物をする層です。デザイン性は低いけど、とにかく安い。彼らは多少ダサかろうが『安いものしかいらない』のです。これが『合理的な消費を好む層』。彼らの存在が、都市部から見た『地方と都市部では着てる服が違う』という印象を生んでいるんでしょう」
その過剰なまでの「合理的な消費」の追求は、デフレが進行した90年代の不況に起因するといわれている。いったんは回復の兆しを見せた景気も再び落ち込み、結局00年代の間に不況は収まりそうにない。都心を目指すこともなく、地元に根を張って生きるという郊外の若年層の志向は続くだろう、と速水氏は言う。彼らに支えられて、しまむらは当分ロードサイドに君臨し続けそうだ。