巨大化する排出権ビジネス 中国ばかりが"丸儲け"のナゼ

──地球規模の問題として、政府・民間問わず、盛んに議論されているエコロジー問題だが、当然そこにはエコノミカルな話も絡んでくるわけで......。今回は、最近とりわけ注目されている「排出権」に的を絞って、その実態を探ってみた。

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 ここ数年来、経済誌や専門家の間では、「次のバブルは環境ビジネスで起こる」という予測が広まっているが、昨年末ぐらいから、ついにバブルの序章が始まったとの見方が強まっている。その理由は、まず何よりも、今年1月に誕生したオバマ新政権にある。各メディアでも大きく報道されたが、オバマが大統領に就任してまず打ち出したのが、環境分野に予算を重点配分して雇用拡大を目指す「グリーン・ニューディール政策」。これまでのブッシュ政権では、温暖化防止の取り組みを「経済成長を妨げる」と反対していたが、それに真っ向から対立する方針である。

「温室効果ガスについての排出量削減義務を定めた国連条約である京都議定書からもアメリカは離脱するなど、『環境はお金にならない』と一貫していたブッシュに対して、オバマは環境一辺倒。ただ、一部米紙では、政権内部に環境利権に巣食う人脈が入り込んでいるのでは?という指摘もある。 "ブッシュは石油""オバマは環境"というわけです」(大手紙経済記者)

 そんな環境政策の中でも、とりわけ注目されているのが、「排出権取引」である。排出権とは、二酸化炭素などの温室効果ガスを削減した企業や国が、削減分を売却できる権利のこと。この取引の中心となっているのが、地球規模で温室効果ガスの排出量を削減しながら、裕福な国から貧しい国へお金を移動させる、クリーン開発メカニズム(CDM)と呼ばれる制度である。一般の認識通り、温室効果ガスを排出する権利を、先進国が発展途上国からお金で買い取るビジネスである。世界の市場規模は、08年時点で約10兆円に到達したといわれているが、その現状はどうなっているのだろうか? 日本における排出権取引仲介業のパイオニアであるナットソース・ジャパンの代表取締役・髙橋庸夫氏はこう語る。

「排出権取引は、京都議定書で設定された温室効果ガス排出枠まで先進国が削減できないときに、柔軟性をもった補完的なシステムとして生まれたということを忘れてはなりません」

 排出権取引の多くは、「キャップ・アンド・トレード方式」というやり方で行われている。国や行政単位、企業別に排出量の上限(キャップ)を定め、その上限よりもオーバーした分を買う、あるいは減らした分を排出権として売るのである。建前上、排出権は先進国同士でも売買できるが、流れとしては、温室効果ガスの削減義務を負っていない途上国で排出権を仕入れ、先進国で売ることが多い。

中国にとって環境問題は絶好のビジネスチャンス

 現在、世界で取引されている排出権の半分以上は中国から仕入れられていると推測されている。しかしご存じのように、中国は、多くの公害問題を抱え、05年実績でアメリカに次ぐ、世界第2位の温室効果ガスの排出国。京都議定書締約時の97年には、「途上国」と見なされ、温室効果ガス削減義務を負わなかったものの、その経済成長からいっても、もはや「途上国」とは呼べない中国が保有する排出権を別の国に売っている、という現状には、果たして整合性があるのだろうか?

「温室効果ガスの削減義務を誰が負うのか? という問題は非常に難しいんです。先進国は電気・エネルギーの使用量も膨大ですし、1人当たりのGDP(国内総生産)を見ても、途上国との間には大きな開きがあります。中国にしても、1人当たりのGDPはまだまだですし、電気がない地域もありますし。ただ、中国とインドをめぐっては、削減義務のある先進国と義務がない途上国という区切りではなく、両者の間に別のステージを設けて、そこに組み込んだほうがいいのでは? という議論があるのは事実です」(同)

 しかし、そういった議論をよそに、売買されている排出権の約6割が"中国産"となっているのは事実。いったいなぜそこまで中国に集中しているのだろうか?

「それは単純に安いからです。中南米やインドに比べて、中国の排出権は安いし、排出量削減プロジェクトが多いのでスキームも完成されている。現在、取引されている相場は、1トン当たり1000円から2000円程度の金額です。日本の企業が、独力で同程度の排出量を削減しようとしたら、桁が違うコストがかかります。また、政府の干渉があまりないインドなどと比べて、中国では、政府の介入を恐れ、中国企業は今のうちに......」(同)

 二酸化炭素取引の場合、排出権販売で得た収入の2%を中国の企業が税金として政府に支払っているという。しかし今後、その税率が上がる可能性もあり、中国企業は、今のうちに取引をどんどん成立させたいという意識が働いているようなのだ。

 また、中国政府としては、07年の国連気候変動大会において「先進国は、2020年の温室効果ガスの排出量を90年より25〜40%削減すべき。途上国は政策措置をもって気候変動への取組みが評価されるべきで、先進国は資金提供や技術移転により、途上国による気候変動対応能力の向上を支援することが求められる」と主張しているが、前出の経済記者はこう解説する。

「こういった中国の態度は、『環境問題は、先進国からお金と技術を獲得する絶好のビジネスチャンス』と読み替えることができます。つまり、中国にとっては、環境問題、特に排出権ビジネスは宝の山なんですよ」

 売る側の主役が中国なら、買う側の主役はイギリスと日本である。中でも日本は今後、かなりの量の排出権を購入する可能性が出てきてたのだ。

「柏崎刈羽原子力発電所の停止によって、年間3000トンの排出増となります」と髙橋氏は言う。新潟県中越沖地震の影響で同発電所が停止、それによって、東京電力の火力発電はさらなる稼動を余儀なくされ、CO2排出量は増加しており、それに見合った排出権を購入しなければならないのだ。

「また、京都議定書に定められた第一約束期間が終わる2012年はもうすぐです。そのときの排出権の相場が現在よりも高くなっている可能性は十分あります。もちろん、国際的な経済情勢や、排出権ビジネスの各プロジェクトの進展をふまえないといけないでしょう」(髙橋氏)

 いずれにせよ、冒頭でも述べたように、グリーン・ニューディール政策を打ち出したオバマ政権によって、欧州と比較した場合、排出権取引に若干乗り遅れ気味だったアメリカも本腰を入れてくるに違いない。

「そういった状況の中で注目されるのが、今年12月にコペンハーゲンで開催される国連サミットです。ここで、2013年以降の排出量の数値の大枠が決められる可能性が高い。2013年は、オバマ政権が存続していれば、ちょうど2期目に入る。現在仕込んだ政策が実を結び、環境バブルが最大の沸点に達するとすれば、まさにこのタイミングでしょう」(前出・経済記者)

 オバマ政権が打ち出した方針を背景に、経済の立て直しを図り、ドル建環境金融商品と呼ばれる、環境政策に関連づけた預金や融資に海外資金を流入させ、環境ビジネスのバブル化を着々と目論むアメリカ、そういった状況を利用してお金と技術を得ようと、たくましい商魂を見せる中国......その一方で、日本の政府は国内の企業の顔色ばかり伺って、明確な環境政策を提示できないままである。このままでは、日本企業は、いつまでたってもお金と二酸化炭素を排出してばかり、というふがいない有り様が続いてしまうのではないだろうか。

(文/黄 慈権)

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