JAはいずれ破綻する? 知られざる農政の闇

――現在、世界貿易機関(WTO)が主催する国際会議「ドーハ・ラウンド」において、コメの関税引き下げに反対する日本に、さらなるコメの最低輸入義務を課すという交渉が行われている。これが妥結した際、国内の生産量を抑えながらも、輸入量が増えるという矛盾が起こるのだが、これには、農協(JA)と兼業農家を守る政策が見え隠れしているという。同会議での交渉とともに、日本の農政が抱える問題点を浮き彫りにする。

【今月のゲスト】
山下一仁(経済産業研究所上席研究員)

神保 2001年から、WTOのドーハ・ラウンド(多角的通商交渉)が続いていますが、昨年12月に開かれる予定だった閣僚会合が延期され、いまだに合意の道筋が見えてきません。ドーハ・ラウンドでは世界貿易のルール作りが行われており、日本の農業や食糧自給にも大きな影響を与えるはずですが、日本の報道ではその意味が矮小化されているように思えてならない。今回は、昨年3月まで農水省に勤められていた、経済産業研究所上席研究員の山下一仁さんをお招きして、WTO交渉から見えてくる日本農政の問題点について議論したいと思います。まず、ドーハ・ラウンドの現状について教えてください。

山下 農業の分野でいえば、交渉上2つの問題があります。ひとつは市場アクセスの面で、関税をどれだけ下げるかという問題。そして、もうひとつは主要国の農業に対する国内補助金をどれだけ削減するかという問題です。1986〜95年のウルグアイ・ラウンドでは、EUとアメリカの対立が農業交渉を規定していましたが、最近では、先進国----特にアメリカと、インド・中国という新興大国の対立が一番の焦点になっています。アメリカは、発展途上国の市場を自由化したい。一方でインド・中国は、「自国への輸入が増加した時に、関税を上げるなり、輸入制限をするなりの手立てが必要だ。特に、アメリカの国内補助金が大きすぎることが、国際価格の低下を招いている。これを削減することが必要だ」と言う。こうした対立の中で、日本は「関税の引き下げに反対だ。コメをはじめとする重要品目を対象から外してほしい」という従来の主張を続けており、奇妙な形で孤立しています。

神保 日本だけ、論点がズレていると。

山下 こうした議論をしているのは、主要国では日本だけです。ウルグアイ・ラウンドまでは、EU・アメリカと並び、日本も交渉をリードしてきました。しかし、アメリカは60年代に、EUはウルグアイ・ラウンドの終わりごろに、高い関税で国内農業を守るという政策から、財政からの農家への直接支払いで保護する、補助金制度に転換している。現在、日本に同調しているのは、韓国・ノルウェー・スイスなど、WTOでの発言力が低い国です。

宮台 なぜ日本は、アメリカとEUに続いて、「関税による保護」から「補助金による保護」へとシフトできなかったのでしょうか?

山下 もともと農政本流の思想は、農商務省の官僚であった柳田國男が生み出したものでした。それが1961年の農業基本法につながり、ここでは、「農家の所得を上げるために、農産品の価格を上げてはいけない。貧しい労働者への影響も鑑みて、農業のコストを下げることで対応すべきだ」と考えられていました。ところが、その後の農政は、コメの価格を上げることで、農家所得を上げようとしたんです。これには、農協イコールJAという組織の存在が大きく影響しています。

 つまり、コメの価格が上がれば、JAはより多くの販売手数料を得ることができ、また肥料や農業機械を高く売ることもでき、ここでも販売手数料を得ることができます。日本の農政においては、農家とともに、JAの利益が強く反映されるため、EUのように価格を下げて補助金に移行することに踏み切れないのです。

神保 「農業の保護」という本来の目的がないがしろにされ、JAの利益が優先されてしまっているということですね。JAイコール票ということになりますが、その中で、農水省はどういう立場にあるのですか?

山下 JA、農水省、自民党農水族の「農政のトライアングル」には、ある種の緊張関係が生じることがあります。自民党は農家の票が欲しいし、JAは組織を維持し、政治力を発揮するために農家戸数を確保したい。例えば、野菜、果樹、畜産などほとんどの作物では専業農家の販売シェアが8〜9割である一方、米作の専業農家は4割以下だという事実があります。米価を高く保つことで、数の多い米作の兼業農家を温存しよう、これで政治力を維持したいという意図があるんです。

 しかし、農水省は立場が少し違います。農家が栄えても、農業が滅びると存在意義が失われてしまう。つまり、農水省の中には、「兼業農家に依存している現状では、このまま農業が衰退してしまう」という懸念があり、農業の危機が大きくなった時には、組織を守るために、JAの意図とは違った動きも出てくる。典型的な例を挙げると、WTOでは2003年8月、アメリカとEUの間で「農作物の上限関税率を100%程度にセットする」という合意がありました。日本のコメの関税率は778%ですから、ここで農水省に、稲作農業が壊滅してしまうという大きな危機感が生まれ、実は「直接支払いという国内補助金に転換しよう」という案も出たんです。その後、WTO交渉の議長ペーパーの中に、「そこまでやらなくてもいいじゃないか」と取れるような文言が入ったため、この動きも後退してしまいましたが。

宮台 農業の保護と農協の保護は違います。農政学者・神門善久氏が述べておられるように、05年現在の農家285万戸のうち、主業農家で65歳未満の農業専従者がおり農業所得が過半に及ぶ「農家らしい農家」は、たった37万戸。残りは農業を営まない「土地持ち非農家」、農業外所得が過半の「片手間農家」、そして「高齢農家」です。有力な集票装置である農協が「農家らしい農家」でなく「土地持ち非農家」「片手間農家」「高齢農家」の利益だけ代表しています。農協ではなく農業の保護に舵を切るには、どうしたらいいですか?

山下 昔は、東京23区内でも、杉並や世田谷はほとんど農地でしたし、どのように農業が行われているかということを、多くの国民が理解していました。しかし、都市化が進む中で、一般の消費者が農業から離れてしまったことが問題です。これにより、JAが「兼業農家は小規模でけなげにやっているから、保護の対象にしよう」と提案すると、国民は納得してしまうようになった。

 しかし実際は、兼業農家は週末だけのパートタイム・ファーマーであり、本業の所得がある豊かな農家であって、専業農家のほうが貧農であるケースが多い。また、兼業農家がパッと農薬をまいて終わりにするところを、専業農家は時間を割き、肥料や農薬に依存しない、環境にやさしい農業を行うこともできる。本来保護すべきは専業農家なんです。こうした正しい情報を発信するのが先決ではないでしょうか。

宮台 面白いですね。現在は「農家らしくない農家」の戸数が農家全体の85%以上に及び、それが集票団体である農協のマジョリティになっていて、農業の将来を考える上で最も重要な「農家らしい農家」の利害が政治に反映されていないというわけですね。

"感情の政治"に陥ったコメ問題と日本の農政

神保 さて、ドーハ・ラウンドで提出されている議長案の中で、日本政府が抵抗している「関税の引き下げ」は、どう規定されているのでしょうか?

山下 先進国で関税率75%を超える品目については、元の税率から70%の削減が義務付けられています。つまり、従来の30%までの税率は維持しても構わないというものです。日本の農産品で考えると、75%以上の関税品目は、全品目の12%近くに及びます。そこで、日本は関税引き下げの対象外とする「重要品目」を12%にまで広げてくれと主張してきましたが、一昨年7月の閣僚会議で、若林正俊農水大臣(当時)が、「いくらなんでも、世の中の相場から離れすぎている」として、8%にまで目標の水準を下げました。ところが、EUをはじめとするWTO加盟国の多くは4%で合意している。

 日本への配慮から、一定の条件のもとで最大6%までは認めようという話になってはいるものの、WTOの交渉では、原則に対して例外をなかなか認めません。そして重要なのは、例外を認める場合には、必ずその代償が求められること。ウルグアイ・ラウンドで日本はコメの関税化に徹底的に抵抗しましたが、関税化の例外を認めてもらう代わりに、低関税によるミニマム・アクセスが、関税化すれば国内消費量の5%で済むところを8%に引き上げられました。

神保 ミニマム・アクセスとは、事故米の原因として話題になった「最低輸入義務」ですね。

山下 そうです。99年に関税化に移行することで、今は7・2%で済んでいますが、今回の交渉で重要品目を適用すると、4%のミニマム・アクセスを追加することになります。そして、重要品目を6%にまで拡大すると、さらに0・5%の追加が必要になる。また、先ほどの上限関税率も消えたわけではなく、100%以上の関税を維持する品目については、さらに0・5%が追加される。つまり、日本はこのままいけば、コメについては合計5%のミニマム・アクセスが加重されることになるんです。これは、現在毎年77万トンのミニマム・アクセスが課せられているコメの輸入を、120万トン以上にまで広げることになります。日本の交渉スタンスは、「重要品目は多ければ多いほどいい」というものですから、小麦、大麦、乳製品、デンプンやコンニャクなどについても、すべてミニマム・アクセスの加重が必要になる。つまり、国内自給率を上げようという閣議決定をしていながら、WTOでは自給率を下げる交渉をやっているわけで、これが一番の問題点でしょう。

神保 水田の4割を減反して生産量を抑えておきながら、輸入量はさらに増えるわけですね。

山下 また、中国産米の価格を見ると、15年前は1俵当たり3000円だったものが、今は1万円にまで高騰しています。国内の値段が1万4000円にまで下がっていますから、必要関税率は40%で済むんです。778%の関税のうち、3割を維持したとしてまだ233%だということを考えると、コメですら重要品目に指定する必要はない。つまり、日本は現在の関税を大幅に引き下げても、輸入米と十分競争していけるんです。

神保 どうやら、WTOがどうこういう以前の問題があるようです。

宮台 どうも「感情の政治」に陥っているようですね。対中国外交や対北朝鮮外交もそうですが、「肉を切らせて骨を断つ」という政策を含めて、どんな選択をすれば最終的な実りが多くなるかという合理的計算が働かないのですね。99年の関税化の際に"他国のコメを一粒たりとも入れるな"という感情的スローガンが掲げられたように、日本ではコメが「シンボルをめぐる政治」を惹起してしまいます。「断固として」とか「死守」というところに人々の感情が乗ってしまい、政治家も落選を恐れて合理的な決断ができなくなっています。

山下 日本の農業は、戦前からコメと生糸が中心でした。戦後は生糸がダメになり、ほとんどコメだけで農業が支えられてきた。現在は、日本の農業の産出額のうち、コメのウエイトは22%になっており、野菜だけで25%もあるにもかかわらず、コメ中心の農政にいまだ拘泥しているんです。ちなみに、野菜の関税は非常に低く、10%程度という水準ですが、こちらはまったく問題になりませんね。ミニマム・アクセスにしても、コメ1万トンの保管経費だけで、年間1億円かかっています。今は100万トンの在庫があるわけですから、年間100億円をドブに捨てているようなものです。自給率の向上を考えるならば、農家にお金を渡したほうが、はるかに効果的でしょう。

神保 このまま、ミニマム・アクセスの加重で買わなくてもいいものを買い、結果として食糧自給率を下げる、ということになってしまうのでしょうか?

山下 ひとつ、こうした議論の過程で出てきた政治家の発言として、面白かったものがあります。民主党の小沢一郎代表が、2年前に出された著書の中で、「関税率0%でも、食料自給率を100%にするんだ」と書いている。つまり、EUやアメリカのように、関税を下げても直接支払いで農家を強くして、自給率を上げるんだという、まっとうな意見です。ところが、それが今の民主党のどこにも見当たらない。これは悲しいことですが、そういうアイデアがあったことは事実ですし、自民党も民主党も、農水関係以外の議員たちがどう動いていくか、というところには注目したいですね。

宮台 僕が知る限り、民主党の枢要な議員の方々は「補助金の直接支払い」という先進国標準の農業保護以外の道はあり得ないことをわかっていらっしゃいます。しかしながら、解散総選挙が迫る中、集票の合理性から言って、そうは主張できない事情があります。何せ、落選してしまえば、そもそもそうした政策の実現はあり得なくなるのですからね。

 いずれにしても、ドーハ・ラウンドで日本の従来的政策にとっては不利な合意がなされ、外圧で「仕方なく」政策を変えるしかなくなる、という道をたどりそうです。逆にいうと、コメ信仰の根強さゆえに合理的な訴えが効かない以上、「外圧で仕方なくこうした」という形でしか、日本は大局的に合理的な農政改革を行うことができない――失礼ながら山下さんは暗にそうサジェストされている気がいたします(笑)。

 ただ、コメがいくらシンボリックな意味を持つにしても、日本が工業製品を輸出する加工貿易国家である以上、国際貿易の中で地位を失わないためには自由貿易を死守すべきで、そのためには補助金直接支払いに移行するしかなく、したがって最終的には補助金の効率的利用の観点から「農家らしい農家」を重視するしかなくなるのだから、農協保護から農業保護にシフトするためにもWTOの方向性に従おうという話が出てきてもよさそうなものです。その種類の反応は、まったくないのですか?

山下 日米経済摩擦が問題になった80年代当時、財界は「農業をやめろ」と言っていましたが、今はスタンスを変えて、「農業保護のやり方がおかしいから、WTOの中で日本が孤立している。これでは、思うような経済活動ができない」としています。これに伴って、日本経済新聞は4~5年くらい前から、論説の中で農政の変革を求め始めています。また朝日新聞も昨年からスタンスを変えており、徐々にではありますが、「価格から直接支払いへ、農業保護の方法を変えるべきだ」という方向に流れは変わってきていますね。

宮台 そうした流れがあるのであれば、「農家らしい農家」の利害を代弁する協同組合ができて、「農家らしくない農家」の利害しか代弁しない農協に対抗するという展開があっても良さそうなのですが?

山下 JAはもともと、戦前に大変な農業恐慌が起こった際に、全農家が加入し、金融から資材の供給、農産物の販売まで、すべてを取り仕切る組織として生まれています。JAはその成り立ちから、農林中金(農林中央金庫)の金融事業や、保険事業などを含んだ、巨大な総合農協になってしまっている。そこで、専業農家の利害を政策に反映させるためには、専業の米作農家だけの専門農協を作るという方法があります。コメ以外の農業では、酪農協同組合、果実協同組合などのように、JA以外の専門農協があります。

 本来、兼業農家を中心にした組織では、必ず赤字になります。つまり組合員平等主義により、小さな農家がわずかでも「肥料を届けてくれ」と言えば断ることができず、規模の大きい専業農家に対する販売のように大きなロットで運ぶことができないため、コストが莫大になってしまう。JAは兼業所得や農地の売却益から膨大な資金を集め、農林中金で運用して大きな利益を上げることで、農業部分の赤字を補填してきたんです。しかし、国内の農家は縮小傾向にあるため、資金の7割は海外で運用されており、今回の金融危機で大打撃を受けたことで、この構図が崩壊しつつある。兼業農家主体のJAは、いずれ破たんします。

宮台 皮肉なことですが、現在世界中を覆っている金融危機が、農協保護から農業保護への農政改革の、千載一遇のチャンスでもあるわけですね。

日本の政治家が本当に守るべき農家とは?

神保 さて、WTO交渉に話を戻すと、昨年9月からの金融危機で各国が保護主義へと回帰していくことが懸念され、ドーハ・ラウンドの早期の合意を求める声も大きい。「大恐慌で保護主義に走った結果が、先の大戦につながった」という論調も見られますが、一方で、WTOが推進したグローバル化自体が、サブプライムショックによる世界的金融危機を招いたという批判もあります。

宮台 自由貿易自体の問題、とりわけ資本移動の自由化の結果として自由貿易が何を引き起こすようになったのかという問題は、別枠で論じられなければいけません。国境を越えて少しでも労賃・地代・租税が安いところに資本が移動するようになり、成長率を維持したい一般的な企業は、国内の労働分配率を下げざるを得なくなりました。その結果、1980年に『なぜ世界の半分が飢えるのか』(朝日新聞社)でスーザン・ジョージが提唱した構造的貧困概念が、農業だけでなく全産業に適用できるようになった状況が訪れました。これが今日的なグローバル化ですね。つまり、資本移動の自由化が進んだ結果、自由貿易がもたらすとは想定されていなかった事態が起こるようになったわけです。

山下 大恐慌の当時とは、まったく状況が変わっています。当時は、各国がバラバラに保護主義に走り、それが経済のブロック化を招き、国際情勢を悪化させてしまった。WTOには様々な批判がありますが、ドーハ・ラウンドが合意に至らなかったとしても、約束した関税水準以上には引き上げられないなど、国際貿易のルールを規定するインフラストラクチャーとしては機能しますから、世界が突然、大恐慌の時のような保護主義に走ることはないでしょう。

神保 では、自由貿易が推進されたことで生まれた問題とは?

山下 国際経済学に比較優位の理論というものがあり、国はあるものに特化するほど、利益を上げられるとされています。経済学を勉強した人間から見ると、これがきちんと理解されず、間違って応用されている。その代表例が、途上国に見られるモノカルチャーの問題です。ゴムやコーヒー、カカオマスなどの作物に特化する国が出てきましたが、世界の多くの国がこれに特化しすぎれば、供給が増えてその作物の価格が安くなっていくのは必然なんです。

宮台 貧困国が外貨を稼ごうとした結果、モノカルチャー化して国際貿易で買い叩かれてしまう。ところが、国内のインフラがモノカルチャーに適合して作り替えられてしまっているため、元の自立的な経済に戻ろうにも戻れない。これがスーザン・ジョージの「構造的貧困」という概念でしたね。

神保 一方で、ある作物の価格が下落することで利益を上げる人たちがいて、例えばアメリカの穀物メジャーであるアーチャー・ダニエルズ・ミッドランドなどは、「コーヒー生産者を苦しめている」として、NGOから攻撃を受けることがある。そこで彼らに取材をすると、「少しでも安く仕入れて、少しでも株価を上げなければいけない」という、いわばウォルマートの論理によるプレッシャーがあると言う。そこでウォルマートに行くと、ここでも熾烈な価格競争が起こっている。最後には、「安ければなんでもいい」という消費者が悪い、という話になるのだけれど……。

宮台 「悪の大ボス」がいるのではなく、各プレイヤーが最適化行動を取った結果、皮肉にも地獄がもたらされるという「合成の誤謬」問題ですね。つまり、誰かを悪者にして済むわけではない、みんなが望んで「合成の誤謬」のスロットルを踏んできたじゃないかというわけです。山下さんは、この問題にどうお答えになりますか?

山下 経済政策の基本は、問題の根本にターゲットを絞って対策を打つことです。つまり、そもそもモノカルチャーにしてしまったのがいけないのだから、農業生産の構図を、いかに多様なものにしていくかを考えればいいんです。途上国が農産物の輸出国であるということは基調としてありますが、コーヒーなどの単一作物を輸出して、先進国からトウモロコシなどの食料を輸入するという構図ができてしまっている。今、穀物の価格が上がって一番打撃を受けるのは、途上国なんです。この問題を解決しないままにズルズルいってしまうと、神保さんがおっしゃるような責任のなすりつけ合いになるだけで、結局は答えが出ない。日本の農政においても同じで、政治家や行政官が、本当に守るべきなのはどんな農家なのか、という根本を押さえることができていれば、おのずと答えは見えてくるはずです。

神保 しかし、農政が「守るべき農家」を見極められていない現状では、日本の先行きは暗いですね。そんな中で、今後の日本にメリットのある展開としては、どんなことが考えられるでしょう?

山下 農作物の価格を高くして農業を保護するというやり方を、早々に見限ることですね。先ほども中国産米の例を出しましたが、世界的に穀物価格が高騰する中で、日本が減反政策をやめてコメの価格を下げればどうなるか。中国産米より国内の市場価格が下がれば、輸出ができるんです。少子高齢化が進む中で、日本国内の食料需要は減少していく。そこで、国内需要を満たした後の余剰のコメを輸出に回すという発想があれば、減反などする必要がないんです。

宮台 今日は農協の悪口を言いましたが、関係者に話を聞くと「不合理はわかっているが、好きでこうした選択をしてきたのではない、愚昧な減反政策に適応してきただけだ、悪者にされては困る」という感情もあるようです。僕は、これはこれでわかります。「好きでやっているのではなく、追い込まれて仕方なくやっている」という歴史的経緯もある以上、「無時間的な最適化」とは別立てで「歴史的事情に基づく手当て」が必要だと思います。それがないと、どんなに優れた農政の最適化プランもうまくいきません。注意が必要です。

神保 農政が抱える問題はよくわかったのですが、個々人のレベルでどうすればいいのか、という解決策はなかなか見えてきませんでした。我々がすべきことは、まずは次の選挙で、農業に関するマニフェストをきちんと読むということでしょうか。

宮台 この番組も、民主党をはじめとする議員の方々に観てもらうように働きかけないといけませんね。少なくとも2年前に、小沢一郎氏がどんな農政を提案していたのかを思い出してもらいましょう。

(『マル激トーク・オン・ディマンド 第402回』を加筆、再構成して掲載)

『マル激トーク・オン・ディマンド』
神保哲生と宮台真司が毎週ゲストを招いて、ひとつのテーマを徹底的に掘り下げるインターネットテレビ局「ビデオニュース・ドットコム」内のトーク番組。スポンサーに頼らない番組ゆえ、既存メディアでは扱いにくいテーマも積極的に取り上げ、各所からの評価は高い。(月額525円/税込)


宮台真司
首都大学東京教授。社会学者。代表作に『終わりなき日常を生きろ』『サイファ覚醒せよ!』(以上、筑摩書房)など。


神保哲生
ビデオジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム代表。代表作に『ツバルー地球温暖化に沈む国』(春秋社)など。


山下一仁
77年農林省入省。82年ミシガン大学大学院応用経済学、行政学修士。05年東京大学農学博士。08 年農水省を退職し、現職。

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