水ビジネスの民営化は人類を破滅させる行為!?

【今月の映画】

『007/慰めの報酬
ダニエル・クレイグを主演に迎えた前作『007/カジノ・ロワイヤル』のエンディングから、1時間後の設定。心から愛した女を自殺に追いやった組織への復讐心と、任務のはざまで揺れるジェームズ・ボンド、そして同じように心に傷を抱える女、カミーユが出会い......。
監督/マーク・フォースター 出演/ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリックほか 配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 1月24日より、丸の内ルーブルほか全国ロードショー

 ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンドを演じる2作目『慰めの報酬』の悪役ドミニク・グリーンは、007シリーズ最弱の敵に見える。

 グリーンに扮するマチュー・アマルリックは、デカいつり目がいかにもズルそうな阿部サダヲ顔。貧弱なグリーンとたくましいジェームズ・ボンドとの戦いはイジメを見るようだ。

 でも、グリーンはもしかすると数ある悪役の中でも最も凶悪かも。彼は南米ボリヴィアのクーデターを支援し、その見返りとしてボリヴィアの水の独占支配を狙っているのだ。

 この話は、実際にボリヴィアであった「水戦争」を基にしている。99年、発展途上国に経済援助をする世界銀行がボリヴィア政府に対して「6億円の債務を免除してやるから水道を民営化しろ」と要求した。莫大な負債にあえぐボリヴィア政府は、仕方なくアメリカの開発会社べクテルに三大都市のひとつコチャバンバの水道を管理させた。

 するとべクテルは、いきなり水道料金を2倍に値上げした。ボリヴィアの平均月収は一世帯1万円なのに、水道代は月3000円! 払えないとべクテルは容赦なく水道を止めた。貧しい人々が困って井戸を掘ると、べクテルは水源が同じだと言って井戸からも使用料を徴収。仕方がなく泥水を飲んだ子どもたちが死んだ。

 ついに市民は立ち上がり、警官隊と衝突。死者を出す大暴動の果てに、政府は水道を再び公共化した。追い出されたべクテル社は、ボリヴィアに対して25億円もの損害賠償を請求している。

 ほかの発展途上国も、世界銀行から水道の民営化を押し付けられている。世界の水道事業は、「水男爵」と呼ばれる一握りの企業に独占されている。フランスのスエズ、ヴェオリア、ドイツのRWE、アメリカのべクテル......。その役員たちが世界銀行の顧問になっている。どうしようもない癒着。

 世界銀行の金でダムが作られ、水源が私有化され、下流の川の水は枯れ、井戸も枯れ、自然の水の循環システムは破壊され、渇いた人々は高い金で水を売りつけられる。たとえばレソト王国はアフリカでは珍しく水の豊かな土地だが、多国籍企業が群がって築いたダムのせいで地元民は水のない生活を強いられている。

 水の私有化は発展途上国だけの問題じゃない。そもそもイギリスで始まったのだ。80年代、サッチャー政権は新自由主義経済による「小さな政府」を目指し、公共事業の民営化を推進した。イギリス各地の水道も民営化され、ロンドンでは水道局からテムズ・ウォーター社に管理が移った。テムズ社は水圧を下げた。水の漏出による損害を減らすためだ。そのため、ビルの3階以上には水が上がらなくなった。また、経費削減のため2つの汚水処理場を取り壊した。足りない処理場から汚水があふれ出し、04年には60万トンの汚水が流出、テムズ川に流れ込んだ。その水を浄化して上水にしているのに!

 テムズ社はドイツのRWE社の子会社で、利益追求のために徹底してコストを落とす。国民が生きるために必要な水を外国企業に任せるなら、いったいなんのための国家だろう。

 同じく新自由主義を続けるアメリカでも、ジョージア州アトランタ市の水道が99年に民営化され、フランスのスエズ社の管理下に入った。スエズ社は、やはり水圧を下げた。水の出は悪くなり、水には赤い錆が混じった。人員削減のため、水道管が破裂しても修理が来るまで10日もかかった。結局4年目に、アトランタ市は水道を再び公共化するしかなかった。

 それなのに、日本政府は水道の民営化に向かっている。先日、新潟東港臨海水道の民営化計画が発表された。また、フランスの水男爵ヴェオリアは、すでに日本の浄水事業に参入している。

「水道がダメならボトル水を飲めばいいじゃない」マリー・アントワネットが生きていたら、そう言うかもしれない。実際、世界で1年間に310億リットルも消費されているボトル水だが、実は百害あって一利もない商品だ。多くのボトル水が実際は水道水を蒸留しただけで、味や含有物に差はほとんどない。また、本来無料の公共資源である地下水や川の水を勝手にくみ上げて値段をつけて売っているものもある。そのためにやはり井戸水が枯れ、川の水量が減るだけでなく、大量のペットボトルがムダに消費される。

 水ビジネスは、現在、石油、電気に次いで3番目の巨大産業だが、1位になるのは確実といわれる。水の貴重さは年々増すばかりだからだ。途上国では農業の大規模化で水の使用量が増え、農薬で地下水が汚染される。工業化が水に与える影響は言うまでもない。

 土地、石油、食糧を投機の対象にしてきた市場経済は、ついに水にその手を伸ばした。石油や電気がなくても生きていけるが、水なしでは無理だ。水の私有化を許せば、次は清浄な空気すら商品として独占される日がくるだろう。すべての命の源たる水で金儲けしようとする奴らは、007に退治されるべき悪党なのだ。

まちやま・ともひろ
サンフランシスコ郊外在住。新著に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文藝春秋)、『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか 超大国の悪夢と夢』(太田出版)がある。tomomachi@hotmail.com

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