──今年もすでに発表された、年間ベストセラーランキング。そこに並ぶ話題の本や、常連・池田大作センセイの著書を購入し、ベストセラーに貢献したのは、一体どんな人なのか? ランキングからは見えない本の売れ方を、日々店頭に立つ書店員に聞いてみた。
[座談会出席者]
A 郊外の大型書店に勤務する20代後半の女性。書店員歴8年。
B 繁華街の中型書店に勤務する30代男性。書店員歴9年。
C 郊外の小型書店に勤務する30代男性。書店員歴10年。
大ヒット作『夢をかなえるゾウ』の作者、水野敬也氏。かつては本誌で"水野愛也"として連載まで持っていたのに、こんなに立派になっちゃって……。
──まず、今年のベストセラーの中で、書店員さんから見て売れ方が印象的だったものはなんでしょうか?
B やっぱり、上半期から売れ続けた『B型自分の説明書』【1】とか、『夢をかなえるゾウ 』【2】あたりですかね。
C うちの店は年配客が中心で、世間の売れ筋はほとんど反映されないという特殊な環境にあるんですが、それでも『B型自分の~』シリーズはよく売れました。
A 要は「あるある」ネタなんですよね、あれは。ただし、好調だったのは夏までで、秋にはぱったり売れなくなりました。
B それが、自分の店では11月後半になってまた売れてきた。20代くらいの男性のお客さんの話を盗み聞きしたら、クリスマスシーズンに向けて付き合い始めた彼女のことを分析するんだって。自分の血液型ではなくて、人のを買うんですよ。
C 忘年会などで話のタネにも使えそうな本ですよね。確かに、うちでもまた最近ぽつぽつ売れてるなぁ。
B『夢をかなえるゾウ』のほうは、男女を問わず売れた。自己啓発本の一種だけど、説教臭くないのがウケた理由かな。
A 関西弁の語り口が軽妙で入りやすい。普段は自己啓発本には縁遠いような、悩みの少なそうな若いサラリーマンやOLが買っていきました。
B 自分としては内容が他力本願的で甘すぎる気がしたけど、ゆるいところが逆にはまったんでしょうね。
A 自己啓発系のエース的存在といえば、勝間和代さん。経営学、会計学など幅広い分野に精通していて本もたくさん読んでいる人で、文体が丁寧でわかりやすい。ご本人も版元に毎日のように電話して、売れている店舗や買っていく層など、マーケットリサーチをしているそうで、すごくマメできめ細かい。『勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレームワーク力 ビジネス思考法の基本と実践』【3】などの著書はもちろん、彼女が勧める本をごそっとまとめ買いするお客さんもいます。
C うらやましいな。うちは客層に勤め人が少ないからか、全然です。
A 買う人も、身なりが小ぎれいで、真面目そうなタイプが多いです。まだ、夢も希望もある20代の人たち。
B 勝間さんを支持するのは硬派な人でしょう。自分の店は、6~7割が女性客で、しかも若い人が多いから、カタい本は売れない。代わりに、20歳前後の女性が手に取るのは、『アンジェリーナ・ジョリー 彼女のカルテ』(ブランドン・ハースト/P-Vine Books)などの海外セレブの伝記や、『つばさイズム』(益若つばさ/講談社)などのモデル本ですね。憧れの人の生きざまに触れて刺激を受ける、という意味では、これも一種の自己啓発本なのかも。
A 自己啓発といえば、スピリチュアル系も、まだまだ一定のファンがいます。江原啓之は落ち目ですが、"太陽の母"と呼ばれているらしい、こいけみよこ著『みよこ先生の「手から金粉出ちゃいました」』【4】がひそかに出ています。江原よりもさらに怪しげで(笑)、"不思議な力"の実例が「雨を止めた」とか「子どものピアノがうまくなった」とか、妙に中途半端で、スピ系もここまで来たか、という感じ。
100冊買って領収書なし 宗教本の珍妙な買われ方
──毎年、年間ベストセラーランキングの上位に、創価学会などの宗教関連の書籍が入っています。こういったものは信者がまとめ買いするからランキングに入ると聞くのですが、皆さんのお店ではどうですか?
A 新刊が出るたびにまとめ買いする常連さんはいますね。『新・人間革命』(池田大作/聖教新聞出版局)や、『生命の法 真実の人生を生き切るには』(大川隆法/幸福の科学出版)など、それぞれ信者さんとおぼしき人がひとりで100冊も予約購入していきます。なぜか毎回、図書券や図書カードでの支払いで、領収書も切らないんですよ。
B 現金で買って団体名義で領収書をもらうと、信者が買っていることがバレバレになるからでしょう。団体がまとめて図書券を購入して、その際に領収書をもらうのでは?
A 創価学会や幸福の科学なんかは、関連会社の出版社から出しているんだから、そこから直接買えば安くなるのに、わざわざ店で買うのは、ベストセラーランキングに載せるためでしょうね。
C うちの店の近くにもそこそこ有名な宗教団体の事務所があって、そこも版元は関連会社なのに、店頭で信者の人が買っていきますね。こちらは現金ですが。新刊が出れば、必ず買い求めてくれる大事なお得意さんです。
──落ち込みが激しいといわれている文芸書では、今年「売れた」といえるものは何かありますか?
B テレビドラマが始まってから、東野圭吾の『流星の絆』(講談社)がまさに飛ぶように売れてます。普段なら雑誌や写真集専門のジャニーズファンが買う、数少ない文芸書。さっき、Aさんの店では勝間和代がエースだと言ってましたが、うちではドラマに出演している二宮和也と錦戸亮が、堂々のエースですね(笑)。
A 単体では麒麟の田村裕著『ホームレス中学生』(ワニブックス)が1位ですが、作家別のトータルではダントツで東野圭吾。ちょっと離れて伊坂幸太郎、重松清が並んでるって感じですね。
C 東野圭吾は、うちでもさすがに売れます。10月に2冊同時刊行された『ガリレオの苦悩』、『聖女の救済』(ともに文藝春秋)も好調です。あとは、文庫で『容疑者Xの献身』(文春文庫)。映画化効果でしょうね。
──芥川賞、直木賞など、有名な文学賞の受賞作はどうでしょうか?
C 08年上半期の芥川賞『時が滲む朝』(楊逸/文藝春秋)と、直木賞『切羽へ』(井上荒野/新潮社)は、目に見えて売れなかったですね。07年下半期の芥川賞『乳と卵』(川上未映子/文藝春秋)、直木賞『私の男』(桜庭一樹/同)のほうがまだよかった。
B 本屋大賞もすっかり威光が衰えました。今年(第5回)の『ゴールデンスランバー』(伊坂幸太郎/新潮社)がいい例ですが、放っておいても売れる本ばかりが選ばれる。そういう本は受賞前から売れていて、出版社で刷りすぎて在庫過剰になっていたりするんです。本屋大賞を受賞すれば、また売れ出して在庫をさばくことができるというので、選考には出版社の意向が入っているという噂もあります。そんな状況で、賞を続ける意味があるのかどうか。
A 私も以前は本屋大賞の投票に参加してたんですけど、もうやめました。賞やランキングに飽きてしまって。無名の作家を掘り起こして売りたい本を自分たちで探すのが本来の役目なのに、売り上げだけを基準に棚をつくろうとしたり、業界全体が変な方向に偏り続けてる気がします。
今年のイタい隠れヒット 購入者は、もれなく女性!?
──では、ベストセラーランキングには載っていなくても、今年の"隠れヒット"と呼べるようなものは?
C 地元ものが強くて、その代表が『日本の特別地域特別編集 東京都杉並区』(伊藤圭介/マイクロマガジン)。店や名所紹介ではなくて、西武新宿線や井の頭線など駅別の人種分析など、変な切り口の読み物が受けているみたいです。
A 新潮社からシリーズで出ている『日本鉄道旅行地図帳』』【5】は、鉄道マニア絶賛の書。今は姿を消した廃線の路線図が載っているところが、画期的らしいです。価格が安いこともあってか、すごく売れてます。
B BL系のノヴェルスが順調に伸びてます。女性だけでなく、モテなさそうな男性が買っていくようになったのは、今年の特徴でしたね。
C うちもBLモノを買う男性は増えましたね。あとは、『ルポ貧困大国アメリカ』【6】を、お年寄りがよく買っていったのが興味深かったです。米国の惨状を喜んでいるのか、日本の未来をそこに見て憂いているのか。
A 『彼と復縁したい貴女へ』【7】というイタめの本がちょこちょこ出てました。買っていく女性の顔を正視できなくて……。同様のところでいうと、『おひとりさまの老後』(上野千鶴子/法研)の姉妹編で、『おひとりさまの「法律」』【8】って本が出ましたが、これも買っていく人の背中を見ていると、すごくわびしい気持ちになりますね。女性に売れた本は、何か痛々しいものが多いなあ。
B 期待外れだったのは『ミシュランガイド東京2009日本語版』(日本ミシュランタイヤ)! 出足の売れ行きからして、去年の同時期の2~3割程度ですよ。発売時期と、景気悪化が重なって、みんなもう3ツ星どころじゃないんでしょうね。
A あとは、新書が本格的にダメですね。去年あたりは中小出版社までもがこぞって新書シリーズを創刊したけど、どこも鳴かず飛ばず。象徴的なのが、ぶんか社の2ちゃんねる新書で、ネットの文章をそのまま持ってきたような薄い内容で去年秋からスタートしましたが、1年たって刊行が止まりました。
C そもそも、うちのような弱小書店は店自体がイタいですよ。新刊本が回ってこないので、どうしても欲しければ、取次業者までわざわざ出向いて現金で仕入れて来なきゃならない。まあ、グチ言ってたらきりがありませんね。
B 書店業界は、来年はどうなるんでしょうね? もっと本が売れなくなるんじゃないかと思って、今から憂鬱なんですが。
A 掘り起こしをして、売る努力をするのは当然ですが、やっぱり売り上げ的には、勝間さんみたいに、ひとりで何十冊も売ってくれるカリスマ著者が何人か出てくるとうれしい。まあ、簡単には出てこないでしょうけど。来年も我々は、楽はできなさそうですね。
(構成/小桧山 想)
座談会参加書店員が勝手に選ぶ、08年「サイゾー」読者向け!?書籍ベスト5
「ベストセラー書籍が、全然面白いと思えない!」そんなサイゾー読者でも面白く読めそうな今年の本を、書店員が独断と偏見で5冊セレクト。中には実際に店頭で、サイゾーと一緒に買っていく人がいたものも。1.『夢のまた夢─ナニワのタニマチ』
泉井純一/講談社(08年)/1785円
「著者は石油ブローカーとして活躍し、96年に脱税と贈賄で逮捕・実刑判決を受けた人物。タニマチとしても有名で、本書でも山崎拓や川淵三郎などとの交友が描かれます。自伝でありながら暴露本的でもあり、裏社会の人付き合いが垣間見られます」(書店員B)2.『戦時演芸慰問団「わらわし隊」の記録─芸人たちが見た日中戦争』
早坂隆/中央公論新社(08年)/2310円
「元兵士の証言などをもとに、太平洋戦争中に活動した演芸慰問団の軌跡を追いながら、南京虐殺や従軍慰安婦問題などにも迫る、力作ルポルタージュです。著者は『世界の日本人ジョーク集』(中央公論新社)などを書いているルポライターで、今後要注目です」(書店員B)3.『電化製品列伝』
長嶋有/講談社(08年)/1500円
「電化製品の描かれ方を軸にした、風変わりな書評&エッセイ集。『キッチン』(よしもとばなな/角川文庫)など、著名な作品の新たな見方を示す秀逸な評論になっていて、『視点を変える』がコンセプトのサイゾー読者には、こういうのもアリなのでは」(書店員A)4.『橋本治と内田樹』
橋本治、内田樹/筑摩書房(08年)/1890円
「作家の橋本治と思想家の内田樹の対談講演を書籍化した、ファン待望の一冊。教育問題や身体論などがテーマです。"おじさん力"とでも呼ぶべき2人の持ち味が存分に発揮されてますので、『じじくさくて何が悪い』と日々思ってる人にオススメです」(書店員A)5.『ハローバイバイ関暁夫の都市伝説2』
ハローバイバイ関暁夫/竹書房/1260円
「07年年間ランキングで7位だった『ハローバイバイ関暁夫の都市伝説』の続編です。ネタ系の芸人本は、2巻目は売れないのが通常ですが、これはよく売れました。"血液型あるある"に詳しいよりも、都市伝説で笑いが取れる男のほうが受けはいいんじゃないでしょうか」(書店員C)
【1】『B型自分の説明書』
Jamais Jamais/文芸社(07年)/1050円
『B型~』以外にも全血液型バージョンが存在。チェックリスト形式で「血液型あるある」を最初から最後まで羅列。類似本が多数出版されるほどの売れ行きを見せた。
【2】『夢をかなえるゾウ』
水野敬也/飛鳥新社(07年)/1680円
ダメなサラリーマンが変な神様の助けを借りて夢をかなえることを目指す、小説の体裁を取った自己啓発書。170万部(12月1日現在)突破の大ヒット作となり、ドラマ化・舞台化もされた。
【3】『勝間和代のビジネス頭を創る 7つのフレームワーク力 ビジネス思考法の基本と実践』
勝間和代/ディスカヴァー・トウェンティワン(08年)/1680円
著者の思考方法を、自ら丹念に紹介した1冊。だが読者からは、「勝間さんレベルの人にしか役に立たない本」という声も。
【4】『みよこ先生の「手から金粉 出ちゃいました」』
こいけみよこ/主婦と生活社(08年)/1260円
「JUNON」「週刊女性」(ともに主婦と生活社)などで連載を持つ、"生命体エネルギーカウンセラー"の自伝。手どころか、目や顔からも金粉が出るらしい。
【5】『日本鉄道旅行地図帳』
監修・今尾恵介/新潮社(08年)/680円
今年5月に創刊された、地図として初めて、日本の鉄道の全線・全駅・全廃線を網羅したムック。廃線や廃駅、貨物鉄道、鉱山鉄道、森林鉄道などまで取り上げているマニアックなシリーズ。
【6】『ルポ貧困大国アメリカ』
堤未果/岩波書店(08年)/735円
アメリカに蔓延する経済格差の二極化問題を、下層社会の人々にスポットを当てて報じ、話題を呼んだ1冊。著書は、参議院議員・川田龍平氏の妻にしてジャーナリストの堤未果。
【7】『彼と復縁したい貴女へ』
織田隼人/あさ出版(08年)/1365円
恋人にフラれた女性が復縁するためには、何をしたらいいのかを説くハウツー本。中盤では「コンパに行け」と説き、見開きで1回目から6回目分まで、コンパに行った日付を書き込むページが。
【8】『おひとりさまの「法律」』
中澤まゆみ/法研(08年)/1365円
『おひとりさまの老後』の姉妹書として出版された、"おひとりさま"のための実用書。生活保護110番や、財団法人高齢者住宅財団の連絡先などの情報が載っている。