プロアマ問わず、日本のスポーツ史は在日アスリートの活躍を抜きにしては語ることはできないだろう。そこで、「在日とスポーツ」という観点から関連書籍を取り上げ、スポーツの表舞台からは見えてこない彼らのアイデンティティと強さの秘密を探っていく。
今年6月、Jリーグの柏レイソル所属選手で北京五輪日本代表の李忠成の書籍『忠成 生まれ育った日本のために』【1】が出版された。名前が示すとおり、彼は韓国にルーツを持つ在日韓国人4世であったが、昨年2月に日本国籍を取得。日本代表選手として五輪出場への道を切り開いた、在日コリアンスポーツ史に登場した新しいタイプのスポーツ選手と言っていいだろう。
同書は李忠成の生い立ちからサッカーを中心としたさまざまな経験や葛藤について、本人の言葉を織り交ぜながら書き綴られているものの、一般にイメージされる、日本人に差別を受け、本名を名乗りたくても名乗れないという、お決まりの"在日ストーリー"は描かれていない。その理由を、サッカー専門誌編集者はこう解説する。
「李自身が、在日ということにそれほどこだわっていないので、あえて在日としての生きざまを描く必要がなかったのでしょう。いまどきの若者らしいすごくフラットな考えの持ち主ですし」
とはいっても、表では明るく振る舞い、試合になれば熱い姿を見せる李とて、在日という"刻印"と常に戦ってきたのは間違いない。李自身も北京五輪出場前にこのようなコメントを残している。
「五輪がなかったらこれほど注目されることもなかっただろうし、帰化することもなかったと思う。五輪出場をきっかけに、在日コリアンとして悩む人たちに、ひとつの手本のような存在になりたい」
事実、今でも出自を隠している在日スポーツ選手は数多く存在し、彼らが出自を明かす、また逆に、誰かが彼らの出自を晒すことはタブーとされている風潮がある。
「出自をカミングアウトする人もいれば、そうでない人もいます。個々によって考え方は当然違います。ただ、ひとつ言えることは、日本のスポーツ界に在日がいなければ、その面白さは半減してしまうでしょう。それほどまでに、スポーツ界にとって在日の存在は大きいんです」
こう語るのは『在日はなぜスポーツに強いのか』【2】の著者で、在日ジャーナリストの康熙奉氏だ。【2】は野球の張本勲を筆頭に、ボクシングの元WBC世界スーパーフライ級王者の徳山昌守ら、出自を公言しているアスリートをくまなく取材し、スポーツの表舞台では語りたくても語れない彼らのアイデンティティと誇り、そして強さの秘密に迫った力作だ。
「日本のスポーツ界の歴史をたどってみると、在日の選手が多いということだけじゃなく、彼らがそのジャンルのトップに立っていることがわかります。中でも、在日スポーツ選手を代表するのは、やはり力道山ですね」(康氏)
力道山に関する書籍は数多く出版されているが、ここでは『もう一人の力道山』【3】を紹介したい。敗戦でボロボロになった日本に彗星のごとく現れたプロレスラー・力道山。第二次世界大戦で身も心も疲弊した日本国民は、巨漢の欧米人レスラーたちをなぎ倒す彼の姿に熱狂し、「日本プロレス界の父」「天皇の次に有名と言われた男」とまで呼んだ。しかし、そんな力道山の出身地は、現在の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)であり、本名が金信洛だったというのは、あまりに皮肉な話だ。【3】は、"力道山の素顔"と刺殺事件の裏側に見える謀略などに迫ったノンフィクションで、著者が実際に平壌に足を運んで現場取材を敢行しているという点で、とても興味深い作品となっている。
「そして英雄・力道山亡き後、在日が次に希望を託したのは張本勲です。張本を見るために、私も子どもの頃は、父親に野球場へ何度も連れていってもらいました」(同)
日本球界でいまだに打ち破られていない通算3085安打の記録を達成した張本は、自ら韓国人であることを明かしている。彼の人生は『誇り 人間 張本勲』【4】に詳しいが、出自を公言したために、誹謗中傷や差別も数多く受けて人生を歩んできたという。
芸能とスポーツだけが突出できる進路だった
力道山や張本以外の在日スポーツ選手を挙げるとすれば、空手の大山倍達、プロレスラーの長州力や前田日明、元プロ野球選手の金村義明、現役プロ野球選手では阪神タイガースの檜山進次郎、日本ハムの森本稀哲、さらには格闘家の秋山成勲など、枚挙にいとまがない。
では、在日スポーツ選手が、幅広い種目で日本スポーツ界のトップに立つ原動力とは一体なんなのだろうか?
「最も大きい理由のひとつとしては、体格、骨格の違いですね。今でこそ日本人と韓国人との体格差はそれほどでもなくなりましたけれど、昭和40年代ぐらいまでは明らかに体格の違いがありました。スポーツにおいて体が大きいというのは、非常に有利です。そもそも、その差がどこから出てきたかといえば、やはり食文化でしょう。朝鮮半島ではずっと肉食をしていましたが、日本には伝統的に肉食習慣はありませんでしたからね。それが究極的にはスポーツ選手のフィジカルの差になって表れたといえるでしょう」(前出・康氏)
そしてもうひとつの大きな理由は、差別によって日本社会の一員となれなかったことが大きいという。
「私自身も小さい頃から、『在日は日本の会社に就職できないから、大人になったら自分の力でどうにかするべきだ』と、年中親に言われていました。つまり、差別が今よりも明確にあった時代は、在日の進むべき道がなかったんです。しかし、なんとかして生きていかなくちゃならない。そんな時代背景の下、在日が仕事にありつける場所といえば、芸能界、スポーツが主だったんです」
かつての日本社会に横たわっていた根強い差別意識の影響もあり、在日は己の力だけでのし上がれる世界しか進むことができなかったのだ。
これまでに挙げた在日選手はいずれもプロスポーツの選手だが、今度は在日のアマチュアスポーツに目を向けてみよう。60年代、「日本最強のサッカークラブ」と呼び声が高かった在日朝鮮蹴球団という在日選手のみで結成されたサッカークラブがあった。このチームを通して日本の戦後史を描いた『チュックダン!』【5】というルポルタージュがある。
蹴球団は61年に在日本朝鮮人総聯合会の支援を受けて結成された。しかし、日本サッカー協会の規定によって公式戦への参加を認められなかったため、当時のトップリーグだった日本リーグに所属するチームや各県の国体選抜チームを相手に非公式戦という形で挑み続け、連戦連勝を重ねた。蹴球団の勝利が、差別や貧困に苦しむ在日同胞に、朝鮮人としての誇りを与えたのだ。だが、時代の流れとともに、在日の立場や生活水準が向上するにつれ、「在日のために戦う」というモチベーションを前面に出す必要がなくなり、チームの存在意義も揺らぎ始める。そして99年に活動を休止し、現在は関東社会人2部リーグに登録されているFCコリアがその意志を継いでいる。
高校生スポーツでは、朝鮮高校(同校をめぐる歴史や当時の状況を知るには、映画『パッチギ!』が最適)が全国高校総体(インターハイ)に出場するという険しい道のりを描いた、『在日挑戦』【6】という作品が興味深い。在日の通う朝鮮学校が94年にインターハイ参加を認められるまでの経緯、インターハイの頂点を目指すボクシング部の生徒たちの奮闘ぶりを、記者が現場に直接赴いて取材をしている。今では大阪朝鮮高校サッカー部が全国高校サッカー選手権大会に出場し、日本の高校と肩を並べるようになったが、本書は高校スポーツ界における在日の歴史を知る貴重な一冊となっている。
また、東京朝鮮高校ボクシング部出身でプロボクサーとなり、ついには在日コリアン初のWBC世界スーパーフライ級王者にまで上り詰めたのが前記した徳山昌守(本名/洪昌守)。徳山が王者となるまでの戦いを描いた作品が『統一コリアのチャンピオン ボクサー徳山昌守の闘い』【7】だ。自らの出自を明らかにした在日ボクサーの誕生は、在日社会だけでなく、日本社会にも大きな話題を振りまいた。リングの上で「統一旗(ブルーの朝鮮半島が描かれた旗)」を振って民族和合を願うその姿は、在日スポーツ史に残る印象的な場面のひとつに数えられると言っていいだろう。
そして最後に取り上げたいのが『韓国野球の源流』【8】。韓国野球の発展に寄与した在日野球人にスポットを当てたノンフィクションだ。第二次世界大戦後の民族解放を契機に祖国に渡り、韓国球界の発展に寄与した在日野球人たちの足跡を、当時の韓国情勢や日本とのかかわり合いを絡めながらたどっている。
戦争と国籍のために、日本で生きる道を断たれた在日が祖国に戻ると、「日本育ち」ということで祖国でも差別され、時代に翻弄された在日野球人たち。それでも白球を追い続け、韓国野球の発展に寄与した彼らの生きざまは、筆者のような在日という境遇でなくとも胸を打つはずだ。
"金持ち在日"が多い今 優秀な選手は現れにくい
このように、日本のスポーツ史において、長年に渡って数多く在日アスリートが活躍してきた。しかし、時代の変遷とともに、在日社会も価値観が多様化し、一方、日本社会も成熟した。そういった社会背景の変化によって、在日にとってのスポーツが、差別や貧困に打ち勝つための"武器"でなくなってしまったことも事実だ。
「今の日本の社会状況では、昔のように突出した在日スポーツ選手が出るのは難しい。在日だからといって貧しかったり、差別されたり、というような状況も少なくなっていますし。逆に、在日のほうが"金持ち"だったりもします(笑)。ただ、それでもJリーグで活躍する川崎フロンターレの鄭大世や前出の李忠成のように、プロで活躍する在日スポーツ選手の登場を、在日コミュニティは願ってもいます。
『なぜ敵と戦わなくてはいけないのか?』という動機付けが、スポーツの一番大事な部分だと思います。苦しければやめていいのに、それでも歯を食いしばって耐え抜くその源は何か。在日スポーツ選手をめぐる書籍を読むと、それがよくわかります」(康氏)
在日という出自に葛藤しがらも、差別という壁を乗り越え、華やかなスポーツの表舞台で輝いてきた在日アスリートたち。そんな彼らの物語には、国籍など関係なく、多くの人間の心の奥底を揺さぶる何かがあるのは間違いないだろう。
(文/金 明昱)
日本唯一の五輪男子マラソン金メダル!
朝鮮が日本の植民地統治下にあった1936年に開催されたベルリン五輪のマラソン競技で孫基禎が金メダルを獲得した。しかし孫の胸の国旗が日章旗だったことで、事件は起こる。
国旗に込めた誇りが招いた「日章旗抹消事件」の顛末孫の優勝に朝鮮の民衆は「民族の快挙」と沸いたが、優勝した選手が朝鮮人であっても、その輝かしい栄光は支配者である日本のものとなり、このとき朝鮮人民は国を失った民族の立場を嫌というほど思い知らされたわけである。そして当時の朝鮮の民族紙「東亜日報」が、孫の胸についたゼッケンの日章旗を塗りつぶした写真を掲載して発行した。これが「日章旗抹消事件」だ。日本の国旗を塗りつぶした写真を掲載した東亜日報は、無期限発行停止処分となった。また、東亜日報社会部長であった玄鎮健は、起訴され、1年の獄中生活を送ることとなった。孫自身も朝鮮総督府(日本の領土となった朝鮮を統治するために、日本政府が設置した官庁)から抗日運動にかかわる要注意人物と見なされ、陸上競技を断念せざるをえなかった。
これを機に、当時の朝鮮スポーツ界、ひいては朝鮮社会において日本への反感、対抗心は一層強まることになった。この事件を題材に、日本と朝鮮の歪んだ現代史を検証した『日章旗とマラソン―ベルリン・オリンピックの孫基禎』(鎌田忠良/講談社文庫※絶版)という本もある。
スポーツでナショナリズムが刺激されるのは今も昔も同じ。日本、韓国、北朝鮮。それぞれの国旗に、それぞれの国民の誇りが宿っているのだ。植民地支配によって日本に抑えつけられていた朝鮮人は、スポーツこそ日本と真っ向勝負ができる数少ない機会と考えたのだろう。日本に支配された歴史を持つ韓国・朝鮮人がスポーツで見返すという強い思いも、在日のトップアスリートが誕生するひとつの要素となっているのかもしれない。
【1】『忠成 生まれ育った日本のために』
加部 究/ゴマブックス(08年)/1575円
どんなときにも全力でプレーする魂のストライカー・李忠成の原点に迫ったノンフィクション。 著者の加部究は『サッカー移民』(双葉社)など、優れたスポーツルポの書き手である。
【2】『在日はなぜスポーツに強いのか』
康 煕奉/ベスト新書(01年)/714円
日本のスポーツは在日を抜きに語れない。在日アスリートの強さの源は、「歴史」か、それとも「血」か? 気鋭の在日ジャーナリストが、徹底的な取材を敢行し、その謎を解明している。
【3】『もう一人の力道山』
李 淳[イル]/小学館文庫(98年)/600円
戦後日本の最大のヒーロー・力道山。当時、彼の出自がなぜ隠匿されなければならなかったのか? 力道山の人生を深く掘り下げて、封印された戦後史をこじあけている。
【4】『誇り 人間 張本 勲』
山本徹美/講談社(95年)/1631円
「喝っ!」でおなじみの張本勲。在日コリアンにして被爆体験を持つという、二重の苦しみを味わった彼の足跡をたどった奇跡的な一冊。現在、絶版につき入手困難、復刊希望!
【5】『チュックダン! 在日朝鮮蹴球団の物語』
河崎三行/双葉社(02年)/1890円
「祖国=北朝鮮、出生地=日本、好きなもの=サッカー、嫌いなもの=負けること」。蹴球団に集まった在日サッカー選手たちを追い、戦後日本サッカーの裏面史を描いている。
【6】『在日挑戦 朝鮮高級学校生インターハイへの道』
矢野宏/木馬書館(95年)/1223円
インターハイというスポーツの場で、高い壁に挑戦した在日の若者たちの姿を照射する。「共生」と「アイデンティティ」が問われる中、模索し、挑戦する彼らの思いを鮮やかに描写。
【7】『統一コリアのチャンピオン ボクサー徳山昌守の闘い』
高 賛侑/集英社新書(01年)/735円
徳山がどのようにして、世界チャンピオンの座についたのか。在日ボクサーたちの苦闘の歴史を織りまぜながら、同じ立場の在日である著者が熱い思いを込めて、その内幕に迫る。
【8】『韓国野球の源流 玄界灘のフィールド・オブ・ドリームス』
大島裕史/新幹社(06年)/2100円
WBCで日本やアメリカに勝利し、世界のベスト4に進出した韓国野球。韓国野球の土台を築いていった日本出身の韓国人の足跡からたどる、語られることのなかった、日韓交流秘史。