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羽生結弦、宇野昌磨、ネイサン・チェン…フィギュアスケートのグランプリファイナルに見た、「進化」と「狙い」とは

2016年12月12日 18:15

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。

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『フィギュアスケート16-17シーズン中盤号』(日刊スポーツグラフ)

 マルセイユ行きたい…。

 フィギュアスケートのグランプリファイナルをテレビで見ながら、学生時代に一度行ったきりのマルセイユの街並みを思い出していた私。そんな欲が出てきたくらいに体調も上向きつつあります。このコラムで私の存在を初めてお知りになり、いたわりのメールをくださった方々、本当にありがとうございました。お返事はいたしましたが、今日はもうひとつの返礼(図々しいったらありゃしませんが)として、グランプリファイナルについて書かせていただこうかと。

 今回は、ショート・フリーともに各選手が本当に素晴らしい演技を披露した女子シングルではなく、もしかしたら消化不良の方もいらっしゃるかもしれない、男子シングルについて。かばうでもなく叩くでもなく、しかし選手への敬意は忘れずに、私の目に見えたものを書いていきたいと思います。

 男子シングルは完全な4回転ジャンプ時代に入りました。今回のフリーでは、4回転半のアクセルジャンプを除く、5種類すべての4回転ジャンプが認定されています。ルッツはネイサン・チェン、フリップは宇野昌磨とネイサン・チェン、ループは羽生結弦、サルコウはハビエル・フェルナンデスに羽生結弦にパトリック・チャン、トゥループはアダム・リッポンとハビエル・フェルナンデス以外のすべての選手。まあ要するに、とんでもない時代になってしまったわけです。

 女子選手が、10代中盤のうちに身につけたジャンプ技術やスケーティングスキルを「磨き上げる」ことで点数を上げていく傾向が強いのに対し、男子選手は、なんと言うか、「開拓」し続けている。逆に私としては、ショート・フリーとノーミスでまとめ上げた男子選手がいなかったことが、この傾向にいったん歯止めをかけてくれるかも…と期待をしているくらいです。新しい技を習得する際は、どうしても怪我がつきまとう。ただでさえハードな構成を組んでいる選手たちは、いまでも怪我のリスクと向き合い続けています(もちろん女子選手もです)。素晴らしい演技を望むのと同じくらい、私は、怪我のリスクが少しでも軽減されることを望んでいるのです。怪我をゼロにすることがスポーツの世界では無理な相談なのであれば、せめて平昌オリンピックまでは、すべての選手にこれ以上の怪我がないように。私は常にそう願っています。

■羽生結弦
 前回のコラムで私は、スケートカナダでの羽生結弦の演技の感想として「ショートプログラムは、ジャンプがハマったら冒頭から最後までガッツリと観客を引き込むプログラムになっているのは確認できました」「完成型を見るのが本当に楽しみです」と書きました。今回、「完成型」にかなり近いものを見せてもらった喜びがあります。ジャンプについては、4回転のループでよくこらえ、トリプルアクセルは着氷の瞬間がやや危なかったのですが、すぐに体幹をキュッと引き締めて、きっちりエッジに乗り、「フリーレッグを高くキック→変形イーグル→イリュージョンターン」のトランジションを組み入れた。さすがです。

 ステップシークエンスは、ひとつ前の大会であるNHK杯で、「ひとつひとつの要素をきっちりつないでいく」ことに主眼を置いて滑っているように感じました。ステップシークエンスは、どんなに大きく激しく滑っていても、要素と要素をつなぐときのエッジがわずかでもブレたら、そこでレベルを引かれてしまうもの。特に若い女子選手に顕著ですが、ゆったりとした曲で、「速さ」よりも「滑らかさ」を重視したステップシークエンスを見せる傾向が強いのは、こうした部分によるものでは、と思います。

 今回のグランプリファイナルで羽生は、「NHK杯でレベル4を獲得したことにある程度の確信を得て、要素のつなぎ目までも正確に滑りながら、そこにさらに速さや激しさを加えていった」ように感じられました。それにしても、いちばんの盛り上がりどころである「片ひざをついて上体をそらしていく」動き(どこかのスポーツ新聞が「ズサーッ」と表現していて笑顔になりました)は、本当ならスピードが極端に落ちるはずなのですが、「ズサーッ」以降もステップはまだまだ続いていく。どうなってるんでしょうね(いい意味で)。

 スピンは、本人が「まだまだ伸ばせる」的なコメントをしたようです。これはあくまでも個人的な推測ですが、「スピンの回転速度を、曲のビートなりメロディのスピードとピッタリとシンクロさせ、音楽との同調性をさらに高める」ことを目指しているのかな、と。これに関して頭ふたつくらい抜ける勢いで上手だったのは、10代のころのミシェル・クワン。特に1996年の世界選手権のショートと、98年の長野オリンピックのショートで見せたフライングシットスピンには鳥肌が立ちました。「要求されるエレメンツの中で、ジャンプに比べてどうしても地味に見えてしまうこのスピンにも、こういう見せ方があったのか」と。NHK杯と今回のグランプリファイナル、羽生のフライングキャメルと足替えのシットスピンでも、「すごい!」と思えた瞬間が何度もありました。ただ、現在のルールでは、回転途中でポジションの変化を入れていくことが求められます。ポジション変化の瞬間に避けられない「スピードのゆるみ」についても、改善の余地がないかを探っているのでは…。羽生のコメントから、私は(勝手に)そう感じています。

「プログラムの密度」については、言うまでもないでしょう。ショート・フリーとも、助走があれだけ少ない構成で、あれだけのことができてしまう。褒め言葉として使いますが、異常なレベルです。

■宇野昌磨
 何度か書いていることですが、本当に、10代の選手であることが信じられないくらいのミュージカリティを持った選手だなあとしみじみ思います。「パフォーマンス」と「曲の解釈」の項目で特に高い点数をとっているのも納得です。

 今回のフリーは、正直いって氷のコンディションがあまりよくない状態に見えました。いくつかのジャンプ、それも4回転ではなく3回転のジャンプのほうで、ヒヤッとした場面があったのも、氷の状態とは無関係ではないと思います。そんな中でも、1歩1歩のスケーティングに、さらにスピードと大きさが加わったのがうかがえる。ピアソラの、「スピードと激しさ」ではなく「重厚感とドラマ性」を前面に押し出したタンゴの曲で、スピードもアピールできるというのは只事ではありません。

 フリーの、1本目のトリプルアクセル(イーグルからのエントランス)は、本来ならばトリプルトゥをつなげてコンビネーションにするところですが、やや着氷が前方寄りになったために単独ジャンプに。その後に予定されている単独ジャンプの、たぶんトリプルサルコウのほうをコンビネーションにしたかったのかな、と。スケート・アメリカとロシア杯よりも、サルコウにいくときのエントランスのスピードが格段に上がっていましたから。演技中に、そうした冷静かつチャレンジングな判断が、この若さでできる(って、勝手に決めつけちゃってますが)のも、宇野昌磨の大きな強みであるなあと思います。

 今シーズンのここまでの3試合で、宇野はショート・フリーで計6つの演技を披露しています。宇野にとってのもっとも難しいジャンプである4回転のフリップも計6回。それを、1度だけ、ロシア杯のショートでごくわずかに片手をついた以外は、かなりいい出来栄えで跳んでいる。ホント、どうなっているんでしょうね(いい意味で)。

■ネイサン・チェン
 今大会の、特にフリーをご覧になっていた方々なら、この選手をMVPに挙げる方も多いことでしょう。4回転のルッツ、フリップ、トゥループ2本をクリーンに降りたこと自体、とんでもないことです。今シーズンの公式戦初戦であるフランス杯では、4回転のサルコウまで入れ、「フリーだけで5度の4回転」のプログラムを組んでいましたが、NHK杯とグランプリファイナルではサルコウを外して「4度の4回転」にしていました。プログラム全体の構成を高めるうえで、非常にいい判断だと思います。

 まだ17歳ですから、トランジションを犠牲にしてでも助走にあて、その勢いでジャンプを跳んでいくのも、爽快感があるものです。まあ、「ひとつひとつジャンプそのものの大きさ、軸の確かさ、着氷後の流れはどうなのか」とか、「技と技の間を、どんなエッジワークでつないでいくか」で、同じジャンプ構成でもプログラムの密度、難易度はグンと変わるもの。羽生やパトリック・チャン、ハビエル・フェルナンデスのジャンプに高い出来栄え点がつき、芸術点にあたるプログラム・コンポーネンツに高得点が並ぶのは、そういう意味もありますが、ネイサン・チェンは、まだジュニアから上がったばかりの選手。「伸びしろがたっぷりある」という楽しみもありますね。

 ただし、私は、ネイサン・チェンは4回転よりもトリプルアクセルの着氷で、本当にヒヤヒヤする。ディスっているわけではありません。このコラムの最初のほうで「すべての選手にこれ以上の怪我がないように」と書いていますが、トリプルアクセルの着氷時の、ひざと足首への力のかかり方が、羽生結弦や宇野昌磨の滑らかでエフォートレスな着氷にくらべてはるかに大きいのが明確に見て取れるからです。

「フィギュアスケート大国」と言えば、ほんの10年ほど前までは、日本ではなくアメリカのほうがその呼び名にふさわしい国でした。もちろん、ここ数年でも、ジェレミー・アボットやジェイソン・ブラウンなどなど、素晴らしい選手はたくさんいますが、「高難度のジャンプでも得点を稼げる」ということでいえば、ティモシー・ゲーブル以来の選手なのでは。その分アメリカの期待も大きいでしょうが、本当に怪我には気をつけてほしいなあと。

 ショート・フリーともバレエの有名な作品から音楽をチョイス。個人的にはフリーの『ダッタン人の踊り』よりもショートの『海賊』のほうが好みです。『ダッタン人の踊り』は、曲のラストがいちばん盛り上がる作品で、バレエでも、ラストではすべてのダンサーが舞台からすっ飛んでいきそうなほどのエネルギッシュなダンスを見せます。そのイメージがどうしても強いので、疲れがピークに達しているときのコレオシークエンスを、エッジワークの大きさで「魅せる」のは至難の業のように感じられるのです。ショートの『海賊』は、世界に誇るバレエカンパニー・ABT(アメリカン・バレエ・シアター)のニュアンスがそこかしこに感じられる、なかなか小粋な振り付け。アンヘル・コレーラ(世界に名を残す男性バレエダンサーです)から相当インスピレーションを受けたのでは…なんて想像したり。17歳という年齢を考えると、非常に上手にこなしていたと思いました。

 …ごめんなさい、またしても原稿の分量多すぎです…。ほかの選手や、今回出場していない有力選手のことは、お許しが出たら来年の世界選手権のときに原稿にさせていただきます…。

高山真(たかやままこと)
男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。

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