実在するアイドルや有名人を妄想の種にして創作するボーイズラブを「ナマモノ」と呼ぶのはご存じだろうか?このジャンルをめぐる腐女子たちの飽くなき欲望と葛藤、そして当事者(事務所やタレント)から見た「ナマモノ」のあり方を分析する。
絵/ぱいせん
オタクのフェス、コミックマーケットが今夏も無事開催され、会場となった東京ビッグサイトでは、あまたの同人誌が飛び交った。
ひとくちに同人誌といっても、さまざまなジャンルがあり、完全オリジナルの創作物のほか、考察・批評本、そして、既存のキャラクターを使ってファンが独自のマンガや小説を書く「二次創作」と呼ばれるものもある。「二次創作」に関してはアニメやマンガだけでなく、ドラマや映画、そして実在の有名人を使ったものまで、内容は多種多様だ。こうしたオタクの世界はなんでもあり……のように思えるが、その世界なりのルールやタブーが存在する。
中でも、たびたびオタクの間で揉め事の原因になっているのが実在の有名人を使った二次創作、通称「ナマモノ(生物)」だ。実写作品の二次創作は「半分ナマモノ」略して「半ナマ」と呼ばれ、こちらも火種になりやすい。
これらのジャンルを愛好しているのは、いわゆる“腐女子”が大半だ。例えば嵐の櫻井翔と大野智が恋愛していたら……とBL的妄想を展開するのがこれに当たる。ただし、嵐のようなアイドルに限らず、スポーツ選手や俳優、お笑い芸人など、さまざまな人物たちをこの妄想は飲み込んでいる。今年の夏コミでもフィギュアスケートの羽生結弦を扱ったものや、芸人ではとんねるずやチュートリアル、博多華丸・大吉などを描いたBL同人誌が頒布された。
ナマモノの起源は古い。1980年代のコミックマーケットのカタログをめくってみると、すでに光GENJIの同人誌が存在していたことが確認できる。「半ナマ」では、『太陽にほえろ!』(日テレ系)の同人誌を出すサークルが複数参加していたことも記録に残っている。
かように歴史あるジャンルなのだが、特筆すべきは 「ナマモノ」「半ナマ」を愛好する者たちの間では、こうしたカルチャーの存在を表に出すことは絶対的なタブーとされていることだ。この鉄の掟を破った者には、激しい非難が降りかかる。かつて吉木りさが『ダウンタウンDX』でダウンタウン2人のBL妄想を展開したところ、腐女子からの批判で彼女のツイッターが炎上。同様にNMB48の三田麻央が『今夜くらべてみました』(共に日テレ系)で、同番組MCであるフットボールアワー・後藤輝基とチュートリアル・徳井義実を描いた自作BLマンガを披露した際には、三田のツイッターに「殺すぞ」と脅迫めいたリプライを送る者まで現れた。
ナマモノ腐女子たちは、日頃入念に“隠れる”努力をしている。ツイッターには鍵をかけ、個人サイトにはパスワードを設定する。「pixiv」のようなイラスト・小説投稿サイトでは、検索に引っかからないように名前やグループ名は明記せず腐女子の間でだけ通用する隠語や伏せ字を使用。「ナマモノが隠れるべき理由」をブログ等で切々と説く腐女子も定期的に現れる。彼女たちの言によれば、ナマモノはアニメやマンガを扱うよりもデリケートなジャンルだという。理由は大まかにいうと
(1)「芸能事務所に見つかったら咎められる」
(2)「本人が見つけた場合、気分を害する」
(3)「実在人物をモデルにしているので法に触れる」
といったところだ。それゆえ、頒布される同人誌には「事務所禁(ジャニーズの場合は“J禁”)」「本人・関係者禁」といった注意書きが添えられている。
そんな中で先日、腐女子を震撼させる出来事が起こった。6月10日に放送された『福山雅治福のラジオ』(TOKYO FM)で福山雅治がBLに興味を示し、リスナーから自身を使ったBLシナリオを募集。自身でも、菅田将暉や香川照之を相手にしたBL妄想を行い、後日の放送では実際に送られてきた中からいくつかを演じてみせたのだ。これには腐女子を含む多くのリスナーが好意的に反応。無論、水面下(ツイッターの鍵つきアカウント)では「表立ってそういうことをするのはどうなのか?」という腐女子もいたが、本人自ら白日のもとに晒していくスタイルは反響を呼んだ。
腐女子たちがどれだけ隠れる努力をしても、こうして表立ってナマモノに言及される機会は増えてきている。またナマモノに限らず、コミケはテレビ番組でも普通に取り上げられ、芸能人が遊びに行ったり、叶姉妹やライチ岩井勇気のように自らサークル参加する有名人まで現れるほど認知度を獲得した。もはや「BL」が何の略でどういう意味なのかも周知された状況下で、ナマモノ腐女子だけが隠れ方をめぐって“学級会”を繰り返すという、少々滑稽な様相を呈している。
前置きが長くなったが、本稿では腐女子たちが危惧する前記(1)~(3)が本当に正しいのか、検証していきたい。どれだけ「隠れろ」「リスクが高い」と言われても、腐女子たちはナマモノを愛し、創作をやめることはない。だからこそ不毛な"学級会"に終止符を打つべく、巷間言われるような危険性が本当にあるのか、ここではっきりさせておきたい。なお、今回は最も大きなファン層を持つ芸能に限った話を中心に考察を行ってゆく。