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【premium限定連載】芸能ジャーナリスト・二田一比古の「週刊誌の世界」

天才的な漫才、破天荒な人生――週刊誌とも格闘した伝説の漫才師・横山やすし

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『天才伝説 横山やすし』(文春文庫)

 週刊誌は野球チームと考えるとわかりやすい。編集長が監督。その下のデスクと呼ばれる人がコーチの役目。記者は選手である。誰をどこで使うかが監督同様、編集長の力量。足の遅い選手に盗塁をさせても意味がないように、相手によって適材適所で記者を使う。名編集長と呼ばれた人は記者の使い方に長けていた。

 横山やすしは天才漫才師と呼ばれていた。今では数えきれないほどの芸人が活躍する時代だが、現在もやすしに敵う者はいないだろう。芸だけではなく、私生活でも敵わない破天荒な人生だった。二日酔いのままテレビ出演などは日常茶番事。運転手とのトラブルや数々の暴言はキリがない。著者が本格的にやすしの取材をしたのは、所属の吉本興業から謹慎処分が出て、大阪の自宅で謹慎生活をしているときだった。表向きは謹慎生活中、だが本当の目的は別なところにあった。 

 まだ10代だった長男でタレントの木村一八が六本木の路上でタクシーの運転手を一方的に暴行。傷害の罪で少年院に収監されていた。出所間近との情報で、身元引受人になるやすしから情報を聞き出すためだった。やすしと以前から多少の面識があり、なによりも「年齢も近いし、酒乱相手は手慣れている」という理由から取材を言い渡された。確かに、やすし相手に若い記者が行っても太刀打ちできない。ましてや、相手は芸能界屈指の酒乱。お酒を飲めない人は所詮無理。やすしの場合取材ではなく酒材であり、最初の取材から痛い目に合っている。その時の壮絶なエピソードから触れよう。

 最初は数々のトラブルを起こしたやすしの言い分を聞く、という話だった。とりあえずお酒は避けようと、昼に大阪市内のホテルで待ち合わせたのだが、まったく無駄だった。

 席に着くなり「出よう」と珈琲などは飲む気なし、という雰囲気がありあり。車で向かった先はやすし行きつけの寿司屋。カウンターに座るなりビールを飲み干し、すぐに「ヘネシーや」とブランデーを注文。寿司屋にブランデーは普通置いてない。若い店員が近くの酒屋に走り、ヘネシーを買ってきた。「オマエも飲め」と有無も言わさずグラスになみなみとと次ぐ。「好きな物たべや」とはいえ、ブランデーにウニや刺身は合わない。気持ち悪くなるだけ。それでも話を聞くためには付き合うしかない、それがやすしの取材だった。誰もが「勘弁してください」とやすしの取材には行きたがらない理由も理解できる。

 まともに取材などできないが、要所では話をしてくれる。取材はピンポイントで。メモを取ると「とるな」と一喝される。数字など覚えきれないことはトイレに行ったふりしてメモる。

 その後、夕方からは居酒屋に移り再び飲む。

 そこにはやすしのボート仲間が続々と集まってくる。話題はボートの話ばかり。ようやく解散となったが、ほとんど取材らしい取材ができていない。最後にこちらから静かなホテルのバーに誘う。「ホテルのバーならわしのボトルがある」と連れて行かれたのは、テレビ局近くのホテル1階のバーラウンジ。ようやく2人になった。そこからはこっちのペースに持ち込み取材。ブランデーを飲みながら途中までは順調だったが、また緊急事態が発生する。

 やすしはあまり食べずに酒を煽るように飲む、典型的なアル中タイプ。それが後に肝臓を壊し、51歳の若さで亡くなる原因になったのだが、タバコは一切、吸わない。当時は分煙意識などなく私はそれまでやすしの前でも好きにタバコを吸っていた。

 向かい合わせの席。たまたま空調が紫煙をやすしのほうへと流していた。それまで周囲がタバコを吸ってもなにも言わなかったやすしが突然、行動に出た。筆者が吸いかけのタバコを灰皿に置く。すると、やすしはコップの水をかけ消した。お酒が入っていたこともあり私も熱くなる。意地になり黙ってすぐに新しいタバコに火を点けた。また消す。何本か続いた。やすしは新たな行動に出た。タバコを吸っている私の顔に向けて水をかけた。顏から上半身までびっしょり。「煙たいんだ」「言ってくれたら辞めました」と一触即状態。二人が同時に席を立ちにらみ合い。あわててボーイが間に入り事なきを得たが、取材は即座に終了。

「また大阪に来い。なんでも話たる」と言い残し帰って行った。昼から始まった取材。最後は文字通り水かけ論になって終わった。これはほんの序章に過ぎなかった。

(敬称略)

二田一比古
1949年生まれ。女性誌・写真誌・男性誌など専属記者を歴任。芸能を中心に40年に渡る記者生活。現在もフリーの芸能ジャーナリストとしてテレビ、週刊誌、新聞で「現場主義」を貫き日々のニュースを追う。

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