『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由』(あさ出版)
昨年発覚した電通の新入社員の過労死事件により、過労や長時間労働の暗部があらためてクローズアップされた。日本では過労死が年々増加傾向にあり、厚生労働省によると2015年に過労死・過労自殺した人の数は482人に上るという。一方で、こうした事件が明るみになるたびに、しばしば聞かれるのが、「死ぬくらいなら、会社辞めればいいのに」という声だ。
なぜ、過労自殺をする人は、会社を辞める、仕事を辞めることを選択しないのか。そのような意見に対する回答として、とあるマンガがTwitter上に投稿され、30万リツイートされ、話題になったのは記憶に新しい。筆者は、このマンガが『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由』として、単行本化されるにあたり、監修・執筆協力を務めたのだが、過労でうつにおちいる人の気持ちを非常にわかりやすく表現している1冊だ。
過労自殺をする人は、「会社を辞める、仕事を辞めることを選択しない」のではなく、判断力がなくなることによって、「選択できない」状態になるのである。
心理学の有名な概念に「学習性無力感」と呼ばれるものがある。これは長期間、人間や動物がストレスを受け続けると、その状況から逃げ出そうとする努力すら行わなくなるという現象だ。よく引き合いに出されるのが、「サーカスの象」の例。サーカスの象は足首に紐をくくられ、地面にさした杭とつながれている。象は力が強いから、杭ごと引っこ抜いて逃げ出すことができる。
しかし、サーカスの象はおとなしく、暴れたり逃げ出そうとしたりしない。サーカスの象は、小さいころから足に紐をくくられ杭につながれて育つわけで、小さい象の力では当然杭は抜けない。つまり、小さいうちに、「抵抗してもムダ」ということをインプットしてしまうため、大きくなれば簡単に杭を抜いて逃げることができるのに、小さいころの「ムダだ」という無力感を学習したことで、「逃げる」という発想がなくなってしまうのだ。
これは人間にも当てはまる。人生にはたくさんの選択肢が存在するが、ずっと杭につながれていた象が杭を抜いて逃げ出そうとしないように、人間も過度のストレスを受け続けると、逃げ出すという選択肢が見えなくなってしまうのだ。
選択肢が見えていたとしても、「辞める」という決断ができない人もいる。「辞める」決断ができない人の話を聞いていると、その大きな理由のひとつに、「辞めた後の生活が想像つかない」というのがあがってくる。
人は、新しい環境、つまり未知の世界に不安を抱く。学生のとき、「転校」や「進学」のタイミングで、たくさんの不安や心配が湧き上がってきたのと同じように、「辞める」決断をして、新たな環境を選んだとしても、その新たな環境が必ず「より良い環境」とは限らないわけだ。そんな決断をした先に不安があるからこそ、「辞める」という決断がしづらくなるのだ。
このように「辞める」選択肢が自分の中にあっても、不安があることで決断できずにいる人が、過度のストレスによりどんどん追いつめられ、選択肢があったことすらわからなくなり、「もう何もできないから、死ぬしかない」と考えてしまうこともあり得るわけだ。
だが、もしも「辞める」勇気が出ないのなら、「まずは休んでみる」のも選択肢ではないだろうか。メンタルクリニックで、うつの診断テストを受けてみたり、話を聞いてもらったりしてみるのもひとつの方法だ。
そして、休むことができたら、そのときに、新たな環境になりそうな職場について調べてみるといいだろう。たとえば、エージェントに登録してみるのもありだ。そして「あぁ、こんな職場なら、楽しいかも」「こんな仕事やってみたかった」と思うことができれば、「職場が変わることへの不安」も解消されるはずである。また休んでいるあいだに、会社が職務内容や環境を調整してくれて、その結果、今の職場で働きやすくなるケースもある。
環境を変えることで初めて気づくこと、見えてくるものがある。異動願いを出して運よく仕事を変わることができればいいのだが、そうした可能性が低そうだったり、そもそも会社そのものがブラックであったりする場合も少なくないだろう。そのようなときは「休む」や「辞める」の選択肢が見えているうちに、誰のためでもなく、自分自身のために行動をしてみてほしいと思う。
(文/精神科医・ゆうきゆう)
(画像はすべて、『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由』より)