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大石始のマツリ・フューチャリズム【6】

「ひとつの型で、みんなで踊る」――その一点で結びつく、これぞ日本の“盆ディスコ”

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――21世紀型盆踊り・マツリの現在をあらゆる角度から紐解く!

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今年行われた「大江戸まつり盆おどり大会」の様子。ディスコ全盛期世代からしてみれば、今も「バハマ・ママ」で踊れることは、感慨深いことこの上ないだろう。(写真/ケイコ・K・オオイシ)

 今月のお題は、前号で触れた「ディスコと盆踊り」。まるで水と油のようにも思える組み合わせだが、実は1970年代から両者の間には奇妙な接点があった。そして、その根底にはダンス・踊りに対する日本人の根源的な感覚が横たわっているのだ。

 世界的なディスコ・ブームが巻き起こったのは、70年代後半から80年代前半にかけてのこと。日本でも都心部を中心に数々のディスコがオープンし、その一大旋風は一般層にまで浸透したが、当時の音楽メディアではブームを揶揄する論調も見られた。その中での典型的な表現が「日本人がいくらジョン・トラボルタの真似をしてステップを踏んでみても、不格好な盆踊りになってしまう」というものだった。そんなあか抜けなさを嘲笑する揶揄だったわけだが、実際のところ、盆踊りとディスコの間には多くの共通点があり、決して「水と油」のように相反するものではなかった。

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