日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。
全身をタトゥーで埋め尽くしたラッパーのK-YO。
川崎は2つの顔を持っている。そして、それらの表情は変わりつつある。シンガーソングライターの小沢健二が自身の根底となっている空虚さを“川崎ノーザン・ソウル”と呼んだ、その背景としてのニュータウンの北部。ラッパーのA-THUGが、治安が悪く、だからこそラップ・ミュージックのメッカと化した、ニューヨークのサウス・ブロンクスやシカゴのサウスサイドに重ね合わせて“サウスサイド川崎”と呼ぶ、工場地帯の南部。一方、最近では、映画『シン・ゴジラ』において、南部・武蔵小杉のタワーマンションが建ち並ぶ多摩川沿いで戦いが繰り広げられた。ゴジラがやって来るのはそれだけ注目されているということで、実際、同地は不動産情報サイト・SUUMOが認定する「住みたい街ランキング2016」関東版でも4位に入っており、その点では、今や“ニュー”タウンの座は南部が奪ったともいえる。こういった発展の仕方の違いを、川崎市民は冗談めかして川崎南北問題と呼ぶが、その対立は、かつて、不良少年の間では血なまぐさい“戦争”という形で現れたのだ。
ガスバーナーで顔面を焼かれ多摩川に捨てられた北部の不良
南武線・武蔵溝の口駅前に立つ〈FLY BOY RECORDS〉の面々。左よりDJ TY-KOH、KOWICHI、YOUNG HASTLE。
神奈川 川崎 東京と横浜の間
挟まれてるこの街 住んでるのはオレ達
昔はバラバラだった 奴らも今じゃ仲間
まとまりねーのもスタイルかな
思ったけどひとつになった
――KOWICHI「Rep My City」より
グローバルなモードとローカルなテーマを掛け合わせる上手さに定評のある、〈FLY BOY RECORDS〉とその仲間たちがMVに揃って登場する地元讃歌「Rep My City」は、2パック「カリフォルニア・ラヴ」のメロディを引用した耳心地の良いラップ・ミュージックだが、そこで歌われていることは、川崎の不良文化の歴史を知る者ほど身に沁みるだろう。