日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。
激しいスパーリングを繰り広げる、川崎区浜町育ちの鈴木拓巳と中村辰吉。
川崎の闇は濃い。平日の夜、くたびれた帰宅客でごった返すターミナルと、気が大きくなった酔客が空騒ぎを繰り広げる繁華街をすり抜け、南下していくうち、ひと気がなくなり、街灯もまばらな、ふるびた住宅街へと入り込んだ。やがてたどり着いた、指定場所である中学校の門の先は本当に真っ暗で、一瞬、足がすくむ。恐る恐る、構内を進んでいくと、がらんとした校庭の先にある建物に明かりがともっているのが見えるとともに、呻き声と、何かを打ちつけるような音が聞こえてくる。そして、開け放たれたドアから中の様子をうかがえば、目に飛び込んできたのは、男たちがミット打ちや、寝技のスパーリングに取り組む光景だ。鍛え上げられた上半身を覆う和彫りが、火照って赤く染まっている。そのとき、腕を締め付けられた若者が、たまらず、タップアウトした。「ああ、ちくしょう。もう1回だ!」。閉塞感に満ちた川崎の夜の帳の中に、生命力に溢れた声が響き渡る。
「うーん、オレはなんで消えていたんでしょうね?」。クロースオーヴァー・モデルのベンツのバックミラーの中で、ハンドルを握った鈴木大將が笑っている。彼は、ラップ・ファンには、2012年に行われた第1回〈高校生RAP選手権〉の決勝において、同じ川崎区出身のBAD HOP・T-PABLOWと感動的な試合を繰り広げたLIL MANとして知られている。大將と会ったのは久方ぶりのことで、名前の由来となった身長はだいぶ伸びていたが、不敵さと人懐っこさが混ざったような雰囲気はそのままだった。