日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。
昨年11月に川崎区で行われたヘイト・デモに抗議するカウンターの人々。
冬の柔らかい日差しが心地よい日曜の午後、川崎駅から1キロほど離れた静かな通りに、不穏な空気が漂い始めていた。初老の女性が自転車を止めてけげんな顔で振り返り、ラーメン屋の主人が何事かとのれんをくぐって外に出てくる。彼らの視線の先に目をやると、まるで雷雲が近づくかのように、大勢の集団がノイズを立ててこちらに向かってくるのが見えた。やがて、あたり一帯は混沌にのみ込まれる。
「川崎のみなさん! あなたたちの暮らしを、外国人の犯罪者が狙っています!」「差別はやめろ!」「そんな奴らは、この街からひとりもいなくなったほうがいいに決まっている!」「今すぐ帰れ!」「我々日本人は、奴らの食い物じゃないんですよ!」「川崎なめんな!」
嵐のさなかにいると、遠くからはひと固まりのように見えたものが、60人ほどのデモ隊をその何倍もの機動隊が取り囲み、またそれをさらに何倍もの人々が取り囲んでいるという構図であることがわかる。あるいは、ノイズのように聞こえたものは、デモ隊がまくし立てるヘイト・スピーチに対して、人々がカウンターとして抗議の声を上げているのだった。
前者が掲げるのは「日本浄化デモ」という段幕や「多文化共生断固反対」というのぼり。一方、後者はそれらのメッセージを覆い隠すため、「川崎安寧」や「いつまでもこの街で ともに仲良く」と書かれた大きな布を沿道に広げる。カウンターに参加しているのは、老若男女、さまざまな人々だ。白杖をついた視覚障がい者もいれば、自転車に乗った不良っぽい中学生もいる。パンクスが掲げたプラカードにはこう書かれている。――「KAWASAKI AGAINST RACISM」。