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第1特集
『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』『ルー=ガルー』のカップリングで悶えろ!

京極夏彦人気を縁の下で支える"京極同人作家"の世界とは!?

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──近年その原作が次々と映像化・アニメ化され、メジャー作家としての道を歩み始めている京極夏彦とその小説。そんな京極作品をベースに二次創作活動をする京極同人作家は、京極作品のどこに取り憑かれているのか……。

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「まんだらけ」など、二次創作の同人マンガを取り扱う書店では、新しい年代の作品は常に品薄状態。お気に入りの作品ができたら、コミケやオンリーイベントの出店やホームページなどから直接購入するのが鉄則。

 あらためて言うまでもなく、小説が売れていない。ベストセラーランキングを見ても、自己啓発本やヲタ本ばかりが上位に並び、小説はよっぽどの人気作家でないとベストセラーになるのは難しいのが現状だ。そんな小説が売れにくい昨今、出版社が何より喜ぶのは作品の多メディア展開だといわれている。小説がその枠を越え、映画やアニメ、ドラマになれば、権利収入はもちろん、原作小説としても格好の宣伝になるというわけだ。例えば多メディア展開されている作家としては、『死神の精度』『重力ピエロ』の伊坂幸太郎や、『サウスバウンド』『ララピポ』の奥田英朗といった名前が挙がる。そして、そんな成功を収める作家の一人に京極夏彦がいる。

 京極夏彦は、1994年のデビュー以来、推理小説を中心に執筆を重ねてきた。推理小説に妖怪が出てくるといった独特の世界観が話題を呼び、ストーリーや描写の奥深さ・緻密さで、確実にファンを獲得、近年になって満を持しての多メディア展開が続く。05年には、デビュー作『姑獲鳥の夏』が堤真一、阿部寛、篠原涼子といった人気俳優を多数起用し映画化。続けて二作目の『魍魎の匣』も劇場公開され、さらに昨年、同作が人気マンガ集団「CLAMP」のキャラクターデザインによってアニメ化されて、日本テレビ系で全13話が放送。そして来年には、『ルー=ガルー 忌避すべき狼』が劇場アニメとなる。このほかにも、『魍魎の匣』のマンガ版が角川書店より刊行中であるなど、京極作品は、あらゆるメディアを席巻し、"国民的作家"への道を歩み始めているのだ。そして、このメジャー化の余波により、"京極萌え"と呼ばれる人々がつくる、京極夏彦の作品を元ネタとした同人誌に密かにスポットがあたっている。

 そもそも「小説家の作品や作家自身をパロディにした小説やマンガを二次創作する"小説作家萌え"自体が、10年くらい前に一度大きいブームが来ていた感がある」(20年来の別のマンガ同人作家)そうで、例えば、有栖川有栖や高村薫、宮部みゆき、森博嗣などが多く同人マンガ化されおり、最近では、森見登美彦、福井晴敏作品なども人気が出ている。

「京極小説をテーマにパロディ作品を作る"京極萌え"作家も10年前からいた」(前同)ようだが、前述の通り原作の多メディア展開によって、ここ数年で再び増加しているのだという。また、それに伴い、同人誌を扱う書店でも品薄状態が続いているとか。

「京極関連の同人誌は、新しいのが入荷したらすぐに売れてしまう状態です。毎日チェックしに来るお客様もたくさんいらっしゃいますよ」(「まんだらけ」中野店LIVE館店員)

「昨年の『魍魎の匣』のアニメ化の際は、同作品を扱った同人誌の買取を強化しました。作家さん、読者さん共に、やや年齢層が高めですね。マンガやノベルスに加え、作品中の事件の時間経過を表にしてみたり、評論本でなくても資料を添付する作家さんが多くいらっしゃるのが特徴です」(「まんだらけ」渋谷店仕入担当者)

「先日行われたオンリーイベント(京極同人作家のみが集まり、即売会などを行うイベント)では、待機列ができるほど一般参加者が多く、サークルも一つの会場では入りきれず二つに分けたほどでした。明らかに多メディア化の影響で参加者が増えましたね」(京極同人歴2年半の作家)というように、例えば国内最大の京極同人専門リンクサイト「京極サーチ」では、250以上もの京極同人サイトが紹介され、登録サイト数も増加の一途を辿っている。

ビジュアルが決まらない分自由な妄想で二次創作

 京極作品を含めた小説のパロディを取り扱った二次創作では、原作がマンガや映画など具現化したものではないため、時代設定と立場関係だけ守っていれば、あとは自分で好き勝手に描いてOKという、自由な世界。「キャラの表情や行動を目で見るのではなく、原作のセリフから関係性を思い浮かべてマンガに描き起こす。この楽しさは小説原作ならではですね」(前出の京極同人歴2年半の作家)と、最低限のルールの中で、妄想を形にできるところが魅力なのだとか。

 京極作品の中で最も題材にされている「百鬼夜行シリーズ」は、長編9作、短編集4作が刊行されている。戦後間もないころの日本を舞台に、不思議な殺人事件を解決していく推理モノ。事件を妖怪の仕業になぞらえていく点や、主人公が「憑物落とし」として事件を解決する点など、ファンタジー的要素が強いのが特徴だ。主要な登場人物は、事件を解決に導いていく主人公の『中禅寺』、探偵の『榎木津』、小説家の『関口』、刑事の『木場』、編集者の『鳥口』など、職業も容姿もバラバラな個性豊かな男性キャラ達。

 これらの同人作家たちは、「中禅寺と榎木津をカップリングさせちゃおう」「攻め(「ゲイ用語でいう"タチ")は絶対に木場だわ!」と、妄想を広げながら同人作品制作にあたるのだ。

「"京極同人"って、あまりごつくない、美しい絵のBLを描く人が多いんですが、私はごついのが好きなので、BL要素あり、たまにエロもありで、木場と榎木津の絡みをコッテリ描いてます」(京極同人歴5年の女性)

「私の最新作タイトルは『裸がエプロン』。京極堂シリーズの同人誌で、薔薇十字探偵社(榎木津の事務所)に届いたフリフリのエプロンを、助手の益田(刑事を辞職して榎木津に弟子入りをする人物)が全裸で着ることで巻き起こる、ドタバタコメディ本です」(京極同人歴2年半の女性)

 ところで往々にして人物説明の少ない同人誌において、挿絵のない小説をマンガにした場合に読者は「このキャラ誰?」とならないのだろうか。

「そこは例えば『百鬼夜行シリーズ』の原作に、中禅寺は芥川龍之介に似てるとか、榎木津は美形など、容姿に関する設定が細かいので、ちゃんと原作を読み込めば、イメージが大きくはズレることはないと思います」(京極同人ファン歴10年の女性)

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京極同人誌の中でも、人気のあるカップリングのひとつ、中禅寺×関口モノ。鬱の気がある関口はいじられ役になる場合が多い。京極同人の絡みは、性行為にいたる前の寸止め段階で、雰囲気を醸し出すものが多い。

 キャラクターにそれぞれ特徴があり、描き分けに困らない点も人気の一つかもしれない。

 しかし、特殊な時代設定を絵にするのはそれなりに体力のいる作業だとか。

「『百鬼夜行シリーズ』の設定は昭和27年から28年。とにかくこの時代の資料が少ないんです! だから京極の同人マンガを描いてる人って、面倒くさい作業が好きな人が多いかもしれない」(前出の京極同人歴5年の女性)

 小説だけでは、時代の雰囲気は伝わっても、ディテールまでは難しいのだろう。では、映画化やアニメ化の結果、同人作家にとってビジュアル資料が増えたことになるのではないだろうか。

「『姑獲鳥の夏』が映画化された時、ある程度具体化されて気持ちが楽になった同人作家は多いと思います。例えば、中禅寺の家の座敷は、誰が描いても同じだったんですけど、映画になっても一緒だったんです」(前同)

 また、昨年の『魍魎の匣』のアニメ化の影響で、それまでと違ったイラストの同人誌が増えたという変化も。

「原作のアニメ化以降、アニメ作品に似せたイラストの京極同人マンガを描く方が増えましたね。多メディア展開の影響で、作家さんが増えてうれしいです」(京極同人歴2年半の女性)

多メディア展開により往年の書き手は困惑!?

 多メディア化による京極同人界の盛り上がりに対し、「素直にうれしい」と語る同人作家がいる一方、京極夏彦をデビュー当時から見つめ続ける古参の同人作家からはこんな意見も。

「10年以上前から京極同人をやってますが、以前は、全て想像で自由に二次創作ができたのに、特にアニメ化されたおかげで『これが本物!』と巨大メディアからビジュアルを突きつけられた感じ。私たちの世界が荒らされました。これ以上多メディア化はしてほしくないですね」(古参京極同人作家)

 長年、原作小説が制作資料の全てであった同人作家にとって、原作の多メディア展開は平和な脳内に爆弾を落とされるような感覚なのかもしれない。このような古参の同人作家は、アニメ化などによって新規参入した同人作家をどのように見ているのだろうか。

「アニメ化の影響で、ミーハーな作家が増えて困ってるんですよ。そのせいで、昔からの同人作家はどんどん離れてます」(別の古参京極同人作家)

 これはあくまでも一部の意見にすぎないが、メディア化は少なからずコミュニティーのバランスを改編しているようだ。そんなベテラン同人作家の言動に対し、このように反論もある。

「アニメを基にした京極同人誌に対して、ミーハーだって批判もあるみたいですが、著作権侵害を黙認している原作側からしたら勝手な意見ですよね」(前出の京極同人ファン歴10年の女性)

 ともあれ、小説の多メディア展開は、著者や出版社が知るよしもないところでも賛否を巻き起こし、同人作家達の妄想世界に影響を与えているようだ。

 そして最後に、今回、京極夏彦本人への取材も試みたものの、多忙さを理由にお断わりされてしまったことも付け加えておく。電話を取り次いでくれた方に「京極萌えについて先生のお考えを伺いたいのですが――」と、お伝えすると鼻で笑っておられたようだったが……。

(文/林タモツ)

原作を読まずに楽しむ!?
「京極同人」を楽しむために 押さえたいキーワード集

京極夏彦
もちろん原作者。民俗学や歴史学に造詣が深い。もともとマンガを描いて、コミケにも出店していたという話もあり、京極同人作家に関しては、「あえて触れないので自由にやって」というスタンスを公言している。その特異なキャラクターから、作家本人に萌える人々も多く、実際の人物を使用してのパロディーマンガを描かれることもある。

百鬼夜行シリーズ
最もよく同人で取り扱われている京極小説のシリーズ。「京極堂シリーズ」とも呼ばれる。戦後まもない東京を舞台とした推理小説。さまざまな奇怪な事件を「京極堂」こと中禅寺秋彦が「憑き物落とし」として解決する様を描く。主要キャラ以外にも、多くのキャラに細かな設定がなされ、それぞれにファンが付いているのも特徴的。

巷説百物語シリーズ
「百鬼夜行シリーズ」に次いで描かれているシリーズ。幕末の舞台にした時代物。双六売りの又市が、巷で起こったもめごとを妖怪になぞらえて解決していく物語。続編に『続巷説百物語』、『後巷説百物語』があり、『後巷説百物語』は2003年第130回直木賞受賞作。

京極堂
「百鬼夜行シリーズ」のストーリーで拠点となる、中禅寺が営む古本屋。事件が起こるたびに主要キャラはここに集まる。同人誌でも、京極堂を舞台に描かれることが多く、エロ系BLの情事もここの居間で行われることが多い。

中禅寺 秋彦(京極堂)
「百鬼夜行シリーズ」で人気のある人物の一人。本業は神社の宮司で、副業として憑物落としをしている。店の屋号に因んで「京極堂」と呼ばれる。黒髪で和装の紳士で、終始不機嫌、芥川龍之介に似ているとされる。千鶴子という妻がいて、二人の情事を描いた作品も少数だがある。

榎木津 礼二郎
「百鬼夜行シリーズ」で人気のある人物の一人。「薔薇十字探偵社」の私立探偵。頭脳明晰で容姿端麗。「自分が思う一番美形だと思う絵をかけば、正解」という意見も。"他人の記憶が見える"という能力をもち、その能力がBL作品のネタになることもある。

関口 巽
「百鬼夜行シリーズ」で人気のある人物の一人。汗っかきの小説家。いつもおどおどとしていて、精神不安定という設定から特にエロ作品では"ウケ"に回される場合が多い。

木場 修太郎
「百鬼夜行シリーズ」で人気のある人物の一人。強引な言動で捜査をする刑事という設定のため、京極同人作品では、基本的に"タチ"に回される場合が多い。ただ、原作では刑事という立場上、あれこれ思い悩む描写も見うけられ、そこを巧みにとらえた同人作家たちに、逆に"ウケ"側に回されることもある。

人気キャラクターの人間関係
中禅寺と関口は、学生時代からの友人。榎木津は、二人の旧制高等学校時代の一期先輩である。木場は、榎木津の幼なじみという設定で、これらの相互関係を利用した濃厚なエロ作品が描かれることがある。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
「百鬼夜行シリーズ』の主人公「京極堂(中禅寺)」の口癖。京極萌えの人々がこのセリフに夢中で、作品中にもよく出てくる。同人作品のサブタイトルに使われることも。

アニメ版『魍魎の匣』
2008年10月から12月まで日本テレビ系にて放送。キャラクター原案をCLAMPが、アニメーション制作をマッドハウスが行う。特にCLAMPの作画は、賛否両論を呼んでいる。アニメ版を元ネタにした場合、絵のタッチや、キャラ設定が微妙に違うこともある為、混乱しないよう注意!

京極同人作家のサイト
多くの同人作家が、ホームページを持っており、そこで作品の紹介や販売、掲示板などを設置しての相互交流を行っている。また、京極同人のリンクサイトもあり、人物や、作品の傾向、BLの攻め受けなど、それぞれの趣向に合わせたサイトの紹介を行っている。ただし、京極モノに限らず、二次創作の同人作品自体が、著作権など法律的にグレーという懸念もあり、インターネットで検索してもなかなか出てこないように工夫されている。


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