──消費の冷え込みが長引く中、最も庶民に近しい存在であるコンビニエンスストアの最大手・セブン-イレブンだけは威勢がいい。だが、そんな同社の強さの裏には、その経営力を評価する声がある一方、チェーンからの搾取構造を批判する厳しい声もある。最強のコンビニが抱えた「光と影」とは?
上半期の原油高に下半期の不況で消費が落ち込んだ2008年。各業界が苦境にあえぐ中で、セブン&アイ・ホールディングスは、08年3月〜11月期の連結決算で、売上高4兆3253億円(前年比1・6%増)、営業利益2182億円(4・4%増)と、過去最高益を更新し絶好調だ。その中核を担うのは、言うまでもなくセブン-イレブン・ジャパンによるコンビニエンスストア事業だ。
1973年の創業時にはイトーヨーカ堂の子会社だったセブン-イレブンだが、次第に親会社のイトーヨーカ堂の時価総額を上回るまでに成長。ヨーカ堂を買えば、セブン-イレブンがついてくる、という資本のねじれを解消するために、05年、純粋持ち株会社セブン&アイ・ホールディングスを設立し、今に至る。セブン-イレブンの営業利益は、今やグループ全体の7割以上を占めている。イトーヨーカドーなどのスーパーストア事業や、そごうや西武などの百貨店事業の苦境を補って余りあるほどの業績だ。
コンビニ業界第2位のローソンが約8600店舗(08年2月末)、売上高約1兆4000億円(07年度)に対して、約1万2000店舗、売上高2兆7000億円(ともに07年度)と、同業他社にも大きな差をつけるセブン-イレブン。一見、どのコンビニも似たようなサービスを提供しているように見えるが、同社の強さが際立っているのはなぜなのか? 同社を検証し続けてきたジャーナリスト2人に、「最強のコンビニ」の儲けのカラクリを聞いた。
まずは、『セブン-イレブンの「16歳からの経営学」』(宝島社)や『鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」』(日経ビジネス人文庫)など、セブン-イレブンや同社の鈴木敏文会長関連の著作を多数執筆し、同社の経営手法を高く評価している経済ジャーナリスト・勝見明氏に、セブン-イレブンの強さの理由を聞いた。
──セブン-イレブンの「強さ」とは、なんなのでしょうか?
勝見(以下、勝) 第一に、店舗スタッフが仮説と検証を徹底して行う、ということが挙げられます。コンビニ経営で重要なのは商品の発注です。どの商品をどれだけ発注するかという精度が高ければ、ロスも減らせるし、売り上げも上がる。そうした仮説を立てるためには、先行情報が必要です。天気や地域の行事、お盆やお正月といった年中行事のほか、近くの工事現場の日程なども重要な情報です。こうした細かい情報をもとに、アルバイトにも発注作業を任せるのです。
──アルバイトに発注させるのには、リスクを伴うような気がしますが。
勝 コンビニは扱う商品が多いので、オーナー1人で発注をすべてやっていたのでは、時間も足りないし、一つひとつの商品の発注もおざなりになってしまいます。また、過去の成功・失敗体験に縛られてしまい、保守的になりがちなオーナーよりも、よりお客に近い感覚を持っているアルバイトのほうが、精度の高い発注ができる場合も多いのです。そして、そうして並べた商品が実際に売れたのかどうかをPOS(販売情報を集計・管理するシステム)データで確認、仮説を検証するのです。POSはアメリカで生まれたのですが、もともとは、店員がレジ打ちで不正をしたり、ミスをしたりしないよう見張るために使われていたんです。これを初めてマーケティングに利用したのが、セブン-イレブンだったといわれています。このような仮説と検証の繰り返しによって、オーナーはもちろん、アルバイトも仮説力が高まり、発注の精度が上がっていく。これがセブン-イレブンの強さにつながっているのです。
──ほかには何があるのでしょうか?
勝 機会ロス防止を重視した発注も、セブン-イレブンの強さを支えています。機会ロスというのは、その商品がなかったために売ることができなかったというロスです。この機会ロスは目に見えるものではないので、廃棄ロス(売れ残りの廃棄分)に比べて軽視されがちです。しかし、この機会ロスが大きくなると、欲しい商品が手に入らないためお客さんが来なくなる。その結果、廃棄ロスも、どんどん増えていってしまうのです。
──悪循環に陥ってしまう、と。
勝 そうです。売れ残った商品をその手で廃棄しなければならないオーナーは、保守的な心理に陥りがちです。そうしたオーナーに思い切った発注をしてもらうために、OFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)という本部のアドバイザーがいるのです。このOFCが、消極的な発注になりがちなオーナーに、売れ筋商品を探りながら、積極的な発注をするようにアドバイスするのです。このOFCの活動に、他のチェーンとの差が出ている、ともいわれています。
──本部のサポート力が違うということですか?
勝 ええ。さらに、今まで挙げてきたようなことを、社員に徹底させるシステムが、完璧に出来上がっていることが、セブン-イレブンが強い理由なんです。経営者の指示を、徹底して行わせる、ということにかけては、他のどの企業よりも優れているでしょう。
──具体的にはどのようなことをして、徹底させているのでしょうか?
勝 隔週で、全国のOFCを集めて、会議を開きます。通称FC会議と言われています。そこで、各地域での成功・失敗事例など情報の共有が図られたりするのですが、鈴木会長の講話もあります。忙しい中、遠くから参加するOFCの中には、居眠りをしてしまう人もいるそうです。そういうOFCに対しては、厳しい口調で叱責したり、退室を命じたりもします。緊張感のある会議で鈴木会長が話すことは、難しい経営理論などではありません。経営の基本的なことを繰り返し話すんです。ダイレクトに語りかけるというのが大事なんですね。そうすることで、参加したOFCたちに、経営の基礎が叩き込まれる。そして、彼らを通じて、各店舗のオーナーにも、経営の基礎が浸透していくのです。
──昨年末に、「週刊金曜日」での連載を中心にまとめた『セブン-イレブンの正体』(金曜日)という、同社の批判本が出ました。同じく『セブン-イレブンの真実』(日新報道)という批判本も出ます。それらの本では、本部に過剰発注を促されての廃棄ロスや、高額なチャージ(ロイヤルティ)に苦しむオーナーの苦しい状況など、ネガティブな面が指摘されていますが、このことに関してはどう考えますか?
勝 本部のアドバイスを「過剰発注の強制」ととらえるところから出発している時点で、客観的視点が足りないのでは? と思います。約1万2000店の規模ですから、経営がうまくいかずに閉店していく店舗も当然あります。機会ロスというのは見えないものなので、OFCとの信頼関係が崩れてしまうと、積極的な発注を促すOFCのアドバイスを「過剰発注を強いている」ととらえてしまうオーナーもいるでしょう。本部にとって一番好ましいのは、加盟店の売り上げが伸びることで、本部と加盟店で、WIN-WINの関係を築くことです。搾取して店舗を潰してしまったら本部にも不利益になるでしょうし、悪評が広がれば加盟店も増えません。本部が一方的に搾取するような企業が、存続できるわけがありません。
──同書では、研究を重ねて完成した商品が鈴木会長の試食でボツになるなど、本部の思いつきで振り回される取引業者の苦境についても指摘されています。
勝 手間やコストをかけて作ったものに何度もダメ出しされたり、ボツにされたりするのに抵抗があるのはわかります。でも、何も気まぐれではなくて、どこか基準に満たないところがあるからダメ出しをするんです。そこで妥協してしまうと、質の悪い商品を並べることになってしまう。不利益を被るのは消費者でしょう。客足が遠のけば、セブン全体の経営も傾く。取引先も共倒れになってしまうでしょう。
──勝見さんから見ると、こうした批判本に欠けている視点はなんなのでしょう?
勝 基本的にジャーナリズムというのは、多くの大衆の利益のためにあると思うのですが、本部に反発する加盟店や取引先の言い分だけを聞いて批判し、仮に本部がそれを受けて既存のやり方を緩めたりしたら、最終的に不利益を被るのは、まさに一般大衆の消費者なんですよ。「週刊金曜日」の反骨のジャーナリズムみたいなものは、役割を認めるところもありますが、どこに目を向けているのか、わからないと思うことも多いですね。
(文/逸見信介)
(後編へ続きます)
■勝見氏の著書■
セブン-イレブンは経営の教科書だ!
『セブン‐イレブンの「16歳からの経営学」』
勝見明(宝島社文庫/税込560円)
セブン-イレブンの創設者、鈴木敏文氏と経営学者・野中郁次郎氏の言葉を通して、シンプルでわかりやすい、しかし奥の深い同社の経営術を学べる一冊。アルバイトから始まり、最終的に経営者に至るという構成は、あらゆる立場で働く人にも参考になる。タイトルの示す通り、高校生でも理解できるよう平易な文章で綴られているため、経営の入門書としても最適だ。(写真は勝見氏)